泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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若干、承前気味な話。

先日、GREEがPC版サイトのリニューアルを発表した。リニューアル内容は以下。
・Twitterライクな「ひとこと」機能の導入
・ニュースの配信
・UI刷新
・カスタマイズスキンの導入
・アバター、ゲームのPC版サイトでの利用
・Twitter連動
・iPhone対応
このうち、「ゲームの導入」「iPhone対応」は時期検討中とのこと。

PCのweb界隈では最後の二つが注目を集めていたようだけれど、まあそれはこの記事ではどうでもいいので触れないから安心して欲しい。みんな、TwitterやiPhoneの話は聞き飽きてうんざりだろう? 私も最近はこの二つのフレーズが視界に入っても無駄なバナー広告と同様、深層意識が勝手にスルーして認知してくれないんだ。さすがに飽きた。

さてさて注目したいのはプレスリリース末尾の一文。

グリーでは、今後モバイル版のみならずPC版も含め、コミュニケーションとエンターテインメントを楽しめるコンテンツのさらなる拡充を図ることで、より強固なユーザー基盤を確立し、国内におけるナンバーワンコミュニティサービスを目指して参ります。

つまるところモバイル版だけでなくPC版にも注力してくよってこと。PCサイト発祥のmixiがモバイル版をオープンしてそれなりに成果を収めていることを意識して、というのはあるだろう。

mixiがモバイル版をオープンして起きたことは色々あるけれど、会員獲得という点では以下。
・今までケータイでのブラウジングが主だった人から会員が得られるようになった
・今までPCの前にいるときしかmixiに滞在しなかった人に、それ以外の場面でも滞在してもらえるようになった
要するに「潜在ユーザの増加」「訪問可能性の増加」ということだ。

今回のGREEの動きはこの逆で
・今までPCでのブラウジングが主だった人から会員が得られるようになった
・今までケータイ使ってるときしかGREEに滞在しなかった人に、それ以外の場面でも滞在してもらえるようになった
正確にはどちらも「なった」ではなく「会員を得る可能性が増した」「滞在してもらえる可能性が増した」だけれど。これもつまり「潜在ユーザの増加」「訪問可能性の増加」ということだ。

GREEのこの方針はとても腑に落ちる。今のまま「ケータイでのブラウジングが主」という人だけをメインターゲットにしていると、早晩かなり辛くなってくるだろうからだ。それを避けるには「潜在ユーザの増加」が欠かせなくなる。そこでPCでのブラウジングが主という人を潜在ユーザにするなら、仮にモバイル版をまったく利用しない人でも入会する気になるような施策が必要になる。それを受けての「PC版リニューアル」であり「今後モバイル版のみならずPC版も含め」なわけだ。

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ところで伏線です。相変わらず広告だの小額課金だのでの収益の上げやすさはPCサイトよりケータイサイトの方である。
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さて、少し前までブラウジングについて「ケータイは若年層、PCはそれより上が多い」という見方がそれなりに語られていた。根拠になりそうな数字もあるのだろう。今でもそうかもしれない。しかし、そうした見方が流通しだしてから数年。今では「主にブラウジングはPCだが、ケータイサイトも見ないでもない」という人がかなり増えてきていると思う。で、仮にPC版とモバイル版で同じようなサービスを提供しているサイトがあって、運営としてどちらを利用して欲しいだろうか?

ここで伏線に立ち返ると、比較して収益の上げやすいモバイル版の方ということになる。狙いたいのは「モバイル版からPC版へ」ではなく「PC版からモバイル版へ」という人の流れだ。都合がいいことに「主にブラウジングはPCだが、ケータイサイトも見ないでもない」という人は増えている。こういう人は「PCが主でモバイルではほぼまったく見ない」人よりも遥かにケータイサイトへ引っ張って来やすい。

さらに、ここで前回の記事とも関係するが、そういう人が普段見ているPCのインターネットは「1対多」の効率的な情報拡散がケータイのインターネットよりも起きやすい。できることも多い。「モバイル版からPC版へ」よりも取り組みがしやすいのだ。まあ「モバイル版からPC版へ」という目論みが必要なケースなんて思い浮かばないけれど。

腑に落ちた理由がもう一つある。このところ自分が関わらせてもらっているケータイサイトについて、「主にブラウジングはPCだが、ケータイサイトも見ないでもない」という人を引っ張ってくることが重要で、それにはどうするか? というのを考えていたからだ。自分の場合はコンテンツを売っているサイトなので「PC版とモバイル版」というわけではないのだが、たまたま似たような課題意識が念頭にあった。(前回の記事はそうした課題意識が芽生えた背景でもある)

いや、念頭にあったとか書いているけど、ここまでGREEについて書いたことは自分の推測でしかないので、GREE側は全然そんなこと思ってないかもだけど。

かつて「モバイルサイトやwebサービス作成時にPC側をどうするか」という記事を書いた。その記事でモバイルサイトが主の場合、PCサイトが担う役割は補助的だったり軽いものだとしていた。だが今後、その役割はもっと大きなものになっていくんじゃないかと思う。

スマートフォンが主流になったら、もっと全然別の関係性や展開になるんだろうけど。
ケータイサイトの運用をするようになってから、まだ一年くらいしか経っていない。というわけで、それ以前に業界でどういう流れがあってどんなトレンドやら変遷があったのか、実はあまり知らない。プライベートで使ってるのは最初からずっとwillcom(最初はDDIポケットだったが)だったし。

というわけで「何を今さら」な感があるのかもしれないし、裏づけもない話を。あとまあ、ちょっと考えれば誰でも思い至りそうな話ではある。

さて、ケータイサイトは非常にクチコミが起きにくい。いや、PCサイトのようなクチコミは、と言った方がいいだろう。

PCサイトにおけるクチコミとは、とあるサイトを誰かが日記なりブログなりTwitterなりで取り上げて、それが拡散していくことが多い。実際に対面の会話の場での、昔からあるクチコミというのはそれほど多くない気がする。対面でのクチコミ(便宜上に1対1のクチコミと呼ぶ。情報発信者対不特定多数ではないという程度に捕らえて欲しい)をしようにもそういう会話をしている場面というのは大多数が「PCの画面の前」以外の状況だろうから、何かオススメしたいサイトがあっても現物を見せることは難しい。口頭で説明してサイト名なりを伝えて「検索してみてよ」という感じだろう。まあ、そもそも日常の雑談でサイトを勧めるなり紹介するなりするという状況がどれだけあるか怪しいが。
その代わり、ブログなりなんなりで非対面の、1対多によるクチコミは対面のものより発生しやすい。で、こちらの方が拡散力は強い。

一方でケータイというのは面白いサイト、興味深いサービスを見つけてもそのURLを閲覧してコピーして、ブログなりに書くのがPCに比べて圧倒的に面倒くさい。「紹介したい」と思ったときに別のウインドウなりタブなりでブログを呼び出し、残しておいた対象サイトの方を参照しつつ紹介する、という方法ができる端末は限られているし、できたとしても相変わらず煩雑ではある。ケータイサイトをPCで紹介するのもやや面倒で、おまけに見た人がケータイを取り出してアクセスするかというと、PCサイトにリンクを貼ってる場合ほどでもない。紹介されたPCサイトにケータイ版があることを知り、そこでアクセスにつながるケースもあるだろうが、それはクチコミとはいささか違う。

そういえばしばらく前に「どうってことないサイト紹介サイトを無数に作って大儲け」という事例をテレビで紹介してた気がするし、大儲けか知らないがそういうゴミのようなサイトはまだ多い。
なんでそんなものをクリックしてしまう人が多いかといえば慣れやリテラシーを挙げる人もいるのだろうが、そもそもそれ以外で誰かが他のサイトを紹介している記事なりサイトなりというのが圧倒的に少ない、というのが主因な気もする。
これは個人のブログなりを見ていて何か新しいサイトや面白いサービスを知る機会がPCでのwebに比べて非常に少ないということでもある。

一方で、対面でのクチコミは1対多のクチコミよりは起きやすい。何かの雑談の際に手持ちのケータイでアクセスして見せることもできるし、URLを相手のケータイにメールするのも簡単だからだ。ちなみに、メールも1対1型のクチコミに含められるだろう(このブログを読んでいる人は知らないかもしれないが、小型のPC端末やiPhoneを持ち歩いている人は普通少数だ)。

とはいえ、その場合1クチコミで情報が広上がる対象は1人~数人程度、同じ人がことあるごとに何回も同じサイトを紹介するとも考えにくい。つまり、クチコミによる伝播力が弱いのだ。

それでも「クチコミで人気に」というケータイサイトはあるのだろうが、前に流行った「脳内メーカー」みたいに1コンテンツだけですぐ終わるシンプルで解りやすい1発ギャグみたいなものか、よほどマスが狙えそうな幅広い属性がターゲットになるようなものくらいだろう。日常で「同好の士」でもない人となんとなく雑談をしていて話題にならなそうなものを扱っているサイトは、どれだけ有益だろうがなんだろうが1対1型のクチコミでもたいした数は集まらない、ということだ。

えっと、どうしてこういう記事を書いたのかというと、これまでPCサイトを主に手がけてきた人へ「ケータイではブログで取り上げられたりして注目や人気を集める、知名度を高める」ということはPCサイト以上に期待できないよ、プロモーション効果が欲しければ地道に広告出稿しようね、ということが言いたかったから。あと、それに関して次に書く記事の前フリ。
Twitterでこんな発言を見た

babieski reflex

アメリカ:とりあえず企業がやってみて、問題があれば法規制をする
日本:まず、行政による許認可や規制を作って、その後に世論次第で緩和する

この違いは大きい。

転載元記事は
なぜ日本にグーグルのような企業が生まれてこないの?

babieさんがどういう意図で転載したのかはわからない。が、元の書き込みをした人はそれ(だけじゃないにしても)が理由だと考えているんだろう。まあコピペっぽいが。

これに限らず大同小異な発言を目にする機会はボチボチある。で、いつも疑問に思うことがある。

Googleの主力サービス中、行政の許認可や規制に引っ掛かって日本でできないorできなかったものはあるだろうか?

Amazon.jpは何らかの許認可や規制が緩和されたから国内で営業可能になったんだろうか?
Facebookは? Twitterは? MSは? Appleは? iPhoneは? それらが日本で誕生しなかったのは何らかの「行政による許認可や規制」があったからか? どうもそうではないと思うが、私の勘違いだろうか? これら「ネットどころか世界の様相さえ変えそう」なインパクトを持った実在の海外webサービスで、日本の許認可や規制に引っ掛かるものがどれくらいあるのか? 部分的にとかではなく、サービスの根幹自体が。

逆にwebサービスが日本の許認可や規制に阻まれている分野として「著作権」「通信・放送がらみ」「薬事法」などがよく挙がっている気がするが、じゃあそれらの規制が撤廃されれば、上記のようなwebサービスばりに世界の様相さえ変えそうなものが出てくるのか? 日本を席捲とか「海外ではまずまず人気だが、日本では営業できてない」とかそういうレベルじゃなく。国内を席捲レベルでなら、こうした規制などのためにできなかったり潰されたりしているサービスも多いだろうけど。

自分としては大いに疑問なのだが、それなりに多くの人が

アメリカ:とりあえず企業がやってみて、問題があれば法規制をする
日本:まず、行政による許認可や規制を作って、その後に世論次第で緩和する

この違いは大きい。

みたいなことを言ってるということは、たぶん自分の勘違いなんだろうな。というか、そもそも上記引用のようなことを言ってる人自体、そんなに多くないのかもな。

「出る杭は打たれる」「起業のリスク」「日本は完全を求めすぎ」という意見についても同様の疑問があるんだが、これもやはりそういう意見の人が少なからずいるようなので、自分の気のせいなんだろう。
エニグモ社の雑誌通販サイト「コルシカ」についてはあれこれ疑問に思っていたのだが、調べてみるとちょうどいい記事があった。

「コルシカ」――歴史に残るかわからないけど、記憶には残りましたね!
こちらに私が抱いたのと概ね同じような疑問が連ねられている。著作権など出版社との関係については同じような記事を多く見たように思うが、それ以外の部分。

と思っていたら、上記記事の続きがあった。

エニグモ社でコルシカのこと聞いてきました
あくまでコルシカ側の言い分ではあるにせよ、疑問に思っていた部分はだいたいどう考えられていたか解った。スッキリしたという意味で、すごくいい記事だと思う。

で、何を気にしていたかというと「仕入れ」と「在庫」の部分。
コルシカ側の言い分だと
・最初にまとまった数を取り次ぎより仕入れ。仕入れ分がはけたら売り切れにして再入荷はしない
・入荷した本は買い切りで返本しない。売れ残りや売れたが発想されなかった本はエニグモ負担で廃棄する。廃棄証明書を出版社に対して発行するようにしていきたい。

特に返本については謎だったので(普通に考えればブツが手元に残ろうが売れてしまえば返本はできないだろう)、買い切りにしたというのは納得がいく。

他にも「ビューワーで見られるのが12ヶ月、マイフォルダにクリッピングすれば見られるのは36ヶ月」とか「ブツの発送希望者は購入後30日以内に申し込むこと」という当たりはやや念頭に起きたい。この期限などは撤廃の可能性も否定されていない。

以下、エニグモ側が虚偽を述べてないという前提で、それでも残った気になる部分や疑問点を書いてみる。

そもそもコルシカが中断を余儀なくされたのは、出版社に無断で「本を買うとデータをビューワで見られる」というのがサービスに含まれていた点。著作権的にはアウトなようだが、上記記事によると
・顧問弁護士と事前に相談はしていない
・既存の書店と同じく、出版社とは取次ぎを解して交渉する気でいた(取次ぎとは話した)
ということらしい。

個別の出版社と交渉するのではなく、先にサービス開始して一網打尽とまではいかないものの、少しでも多くの出版社を一度で交渉の席につかせるのが目論見なんじゃないかと思っていたのだが、エニグモ側の話では「既存書店と同じような振る舞い」をした結果、出版社との事前の個別交渉をしなかったということらしい。
他にも上記インタビューでは「自らを既存書店と同位置」に位置づけての振る舞い、というスタンスが散見される。

まあ実際、「本を買うとデータをビューワで見られる」という点がなければコルシカはベタな「雑誌専門のネットショップ」だ。取次ぎから本を仕入れて、それを人に売る。物理的な本の「仕入れ」と「在庫」がある点で、パピレスみたいな電子書籍販売とは大きく違う。

デジタルデータの閲覧権を売るわけではないのに「ビューワーで見られるのが12ヶ月、マイフォルダにクリッピングすれば見られるのは36ヶ月」「ブツの発送希望者は購入後30日以内に申し込むこと」というのは微妙だが、雑誌は分野によるがだいたいバックナンバーなんてそうそう売れないし、ブツの発送希望受付に期限がないと、そのためだけに「必要かどうか判らない」ブツが倉庫で売ることもママならないまま「在庫」として計上され続けるので仕方ないのだろう。

とはいえ、「ブツとしての本を売ってる体裁なのに、1ヶ月以内に発送申請しない場合は36ヶ月で買ったものが読めなくなる」という「それって事実上デジタルデータの閲覧権を売ってるってことちゃうん?」なんてツッコミが入りそうな微妙な感じではある。「通常の売価は送料込み。基本的に買った雑誌は発送されるが、不要な人は1ヶ月以内に申請すること。その際、送料分は返金される」ならまだ体裁と整合する気がするが。

それはそれとして。じゃあ出版社(や他の著作権者)との関係が諸々クリアになってコルシカが晴れてサービスを再開したとして、儲かるんだろうか?

【コスト関連】
コルシカの本の売価は書店と同じで発送の場合は実費程度がプラスされる。ということは、現状だと仕入れ値と売価の差額だけが収入になる。雑誌の仕入れ値は定価の6割~7割くらいなので、460円の雑誌なら売上げは138円~184円となる。1000冊仕入れた雑誌が完売しても138,000円~184,000円と、たいして儲からない。
勢いたくさん売る必要があるのだが、そのほとんどのブツが廃棄されるなら、全体の入荷数が増えれば増えるほど廃棄代(と証明書も発行するならその発行手数料)、在庫を抱える場合はその倉庫代などが必要になる。

入荷分がすべて売れればいいが、売れ残った場合にいつまで在庫として販売を続けるかという問題もある。次号が出たら廃棄、だと普通の書店と同じで「最新号しか買えない」というラインアップになる。とはいえ、返本できないので在庫として塩漬けにするにも限度がある。どこかで見極めが必要だろう。

というわけで、当然ながら「売れ筋の雑誌は多く」「売れない雑誌は少なく」というように、ごくごく普通の「仕入れの見極め」が必要になる。あんまりにも売れない雑誌は取り扱い数を最小にするか、中止することになるだろう。結局、続けていけば通常の大型書店の雑誌コーナーと大差ない商品構成と入荷比率になるのではないか。

【需要関連】
一方で雑誌専門であり続ける場合、競合としては書店だけでなく「コンビニ」「キオスク」も含まれる。というか、ネット通販で雑誌が欲しい人って「そういう場所に行けない」「マイナーな雑誌で取り寄せが必要」「バックナンバーが欲しい」ということだろう。それに加えてコルシカは「ブツを手元に置けない。置きたくない」という人がターゲットになる。

しかし「行けば買えるが、コンビニにもキオスクにも本屋にも行けない」人というのはそう多くないし、「マイナーな雑誌で取り寄せが必要」という人にしても「仕入れの見極め」をやっているとコルシカでさえ扱わなくなる可能性があるし、入荷してもすぐ売り切れるとかで定期購読の方がマシになったりしないだろうか。バックナンバー需要は絶対数が限られるし、コルシカとてそうそういつまでも売れ残った雑誌のバックナンバーを売っててくれるとは思いにくい。

「ブツを手元に置けない。置きたくない」という人にとっては重宝だろうが、最長36ヶ月で読めなくなるくらいなら普通に書店などで買って読み終わったら、とか翌月には、とかで捨てるのとどうなんだろう、大差ない気もする。


そんなこんなで、コルシカは
・通常の書店のように店舗費用が不要な代わりに、システム運用費、廃棄費、倉庫管理費が必要
・需要としては微妙。ロングテールも狙いにくい
  →販売業者としてネット通販である利点が薄い
・そもそも雑誌販売は利益が少ない
という問題があるように思う。エニグモはこの辺のプラスとマイナスでプラスの方が大きいと判断したんだろう。ということはそれなりの根拠があるのだろうが、傍目で一見するとそう上手くいくとも思いにくい。

というわけで大騒ぎしたわりに、このままだといざスタートしたら残念な収支になるんじゃないかという気がする。素人考えだが。書店業とかに詳しい人の予想も知りたいところ。
こんなタイトルをつけるとこのブログがあえてそういう方法を実施していて、その気になれば人気のブログになれるかのようにも見えるが、そんなわけはない。そんなことが可能なら、ブログコミュニケーションコンサルタントだかなんだかを名乗って一儲けするがな。あるいは別のブログ作って名前を売ったりするだろう。知名度があれば得することもあるんじゃないの? 名前売れたことないから知らんけど。
ただまあ、人気のブログを目指す人は逆の発想から観てみるのも役立つかもしれないし、人気がありすぎて困っている人なんかも以下を実践すれば多分大丈夫。

で、まあ方法と書いたけれど、いつも自分がブログやその周辺行動としてどんな感じかをあらためて考えてみた結果である。いつもとはちょっと毛色の違った記事だ。あと最初にミもフタもないことを書くと、このブログもそうかもしれないが、内容が面白くなければゼロから人気は出ない。では前フリ終わり。

・毎日更新しない
自分は好きなブログを必ずRSSに登録しているので、それらのブログがどういう頻度で更新されているか、気にしたことがない。ただまあ、毎日更新すれば記事数も増えるし、なにやら注目されやすいのかもしれない。

・需要の少ないジャンルにする
テーマを設けたブログの場合、需要の少ないジャンルにする。このブログだって「webディレクション」なんてたいして需要のないジャンルだ。

・ネタが旬かどうかとか気にしない
面倒なのであえて避ける必要はないのだけれど、別に旬のネタかどうか気にしなくていいし、キャッチアップする必要もない。たまたま思いついた話がそうだったり、そういうネタを見て思いついたりしたら書けばいい。

・親しみやすい文体にしない
自分は何の工夫もなく自然体で書くとご覧の通りの文体なのだけれど、これではお世辞にも「親しみやすい」という雰囲気ではない。そうなると自然と書いている人も親しみやすくないイメージになり、あまりコメントとかで絡みたい気にもならない。

・ブログを交流ツールにしない
・ネット界隈で知り合いを作らない
・ブログとヒモ付く形でネット上で活動しない
これは3つとも似たような話なのだけれど、自分の場合二つ目は「ネット界隈に知り合いがほぼいない」というだけである。ただ、知り合いが多くてそうした人がその人のブログを知っていると、なんとなくコメントがついたり紹介したりされたりで注目される可能性が高まるんじゃないかと思う。

・賞賛やオススメだけの記事を書かない
・非難だけの記事を書かない
これは表裏一体で、先の3項目とも関係する。プラス評価の記事をかけば書かれた人はそのブログに好印象だろうし、マイナス記事を書けばモメたり「何か批判しまくりな記事やブログが好きな人」が集まって来やすい。とはいえ何かについて書くと気に「中庸」とか「プラマイゼロになるように」とかバランスを取るのも面倒なので、あんまり意識はしてないけど。

・ポジティブなことやネガティブなことを書かない
・極端なことを書かない
夢も希望もない代わり、失意も絶望もないような記事を書く。中立的とか客観的な態度というわけではない。だいたいポジティブな話やネガティブな話というのは解りやすかったり誇張しやすかったりそういう話が好きな人が多かったり読み物として面白くしやすかったりする。一方で、そのどちらでもない記事はだいたいが退屈な結論に至るので、そんなにインパクトもない。ただ、だいたいの物事にはいい面も悪い面もあるし、そうそうどちらの方向であれ劇的なことなんぞありはしないのだから、まあ「フツー」な感じなんじゃなかろうか。そういう意味では物事や自分の考え方を面白く見せようという工夫をしない、とも言い換えられる。

・自分の話をしない
今回の記事はかなり例外的で、いつもこのブログでは自分のことをほとんど話さない。ただ、そうやって私事を書かないと書き手に対するイメージとか親しみが湧きにくいだろうとは思う。
やや脱線するが、そもそも三〇手前の小男の日常がどうしたこうしたなんて興味ないだろう。私だって自分自身か知り合いでもなければそんなものに興味はない。好きで読んでいるブログだって、それを書いている人自身のことはわりと興味ない。RSSに登録しているブログでも、そういう記事はあまり読んでない。その人がどんな人だろうと、それこそ知っている人でもない限り、結果的に書かれているものが面白かったり興味深ければそれで充分だと思っている。

・長文を書く
・解りやすい文章にしない
・前置きとか前提条件を書かない
どちらも「短くわかりやすい文章を書く」という手間を面倒臭がっての結果なのだけれど、短いと読んでくれる人が増えるだろうし、解りやすく短く書くと省略される部分が出てきてそこを指摘したくなる。指摘するとなるとそれに反応したりして、結果的にブログが交流ツールとしての役割を果たすようにもなる。言及量が増えると注目も集めやすくなる。
そういえばよく「前提や前置き」なんかを「予防線」なんて呼ぶけれど、あれはどうなんだろう。自分の場合、これらを書くのは性分でそれを省くと書いていてどうにも気持ち悪いからなんだけど、書かなかったらどうなるかというとたぶんどうにもならない。他もまあだいたいのブログはそんなもん書こうが書くまいがどうもならんと思うんだけど。

・ブログを雑に扱う
ここまで読んだり、普段から読んでくれている人は解ると思うのだけれど、今回の記事で挙げたものでこのブログに当てはまらないものはあると思う。「ブログを交流ツールにしない」とか言いつつ過疎ってるけどコメント欄あるし、書き込んでもらえればレスはするし。
というのもこのブログ内で書いていることに一貫性を持たせようとか、ブレないようにしようという気がないからだ。この記事にもたびたび出てくるけど、面倒だから。ちなみに「少しでも面倒、大変だと思うことは一切やらない」というのはブログを続けるコツの一つだと思う。

ようするに自分のブログにそこまで重きを置いてないというか意識や注意を向けてないというか、ウエイトが低く雑な扱いになっている。とか書くと怒る人もいるかもしれないが、結果的に書かれている内容がある人にとって面白かったり興味深ければ読むわけで、そうである限りはそのブログについて書いてる人自身がどう思ってるかは関係ない。私がいつも更新を楽しみにしているあのブログやあのブログだって、書いている人は更新がいいかげん重荷かもしれない。飽きてるかもしれない。更新が頻繁じゃないのは、更新を忘れるくらいそのブログがその人にとってどうでもいいからかもしれない。でもま、読んでる方としてはそれはどうでもいいじゃないか、と。書かれていることを読みたいから読むわけで、その人の自ブログに対する態度や想いが見たいから読むわけじゃなかろう。


以上。

ちなみに人気のないブログであることにもいい点はある。
・好きなときに好きなことを好きなように好きなだけ書ける
・誰に何の配慮もしなくていい
・何を書いても別にモメない
・読んでくれている人は「本当に読みたいから読んでくれているのであって、知り合いだからとか有名だからとか、そういんじゃないんだなあ」と実感できる

人気があっても注目されててもそうできる人ってのはもちろんいるだろうけど、人気だったり注目だったりするとなかなかそうはいかない、という人も少なくないんじゃないか。ってもまあ、わざわざ意図的に維持するほどのことでもないのだけれど。というか、自分のブログが人気かどうかより、今日買ったベヨネッタが本当にガッカリゲーなのかどうかの方がよっぽど気になる。
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