泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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Twitterでこんな発言を見た

babieski reflex

アメリカ:とりあえず企業がやってみて、問題があれば法規制をする
日本:まず、行政による許認可や規制を作って、その後に世論次第で緩和する

この違いは大きい。

転載元記事は
なぜ日本にグーグルのような企業が生まれてこないの?

babieさんがどういう意図で転載したのかはわからない。が、元の書き込みをした人はそれ(だけじゃないにしても)が理由だと考えているんだろう。まあコピペっぽいが。

これに限らず大同小異な発言を目にする機会はボチボチある。で、いつも疑問に思うことがある。

Googleの主力サービス中、行政の許認可や規制に引っ掛かって日本でできないorできなかったものはあるだろうか?

Amazon.jpは何らかの許認可や規制が緩和されたから国内で営業可能になったんだろうか?
Facebookは? Twitterは? MSは? Appleは? iPhoneは? それらが日本で誕生しなかったのは何らかの「行政による許認可や規制」があったからか? どうもそうではないと思うが、私の勘違いだろうか? これら「ネットどころか世界の様相さえ変えそう」なインパクトを持った実在の海外webサービスで、日本の許認可や規制に引っ掛かるものがどれくらいあるのか? 部分的にとかではなく、サービスの根幹自体が。

逆にwebサービスが日本の許認可や規制に阻まれている分野として「著作権」「通信・放送がらみ」「薬事法」などがよく挙がっている気がするが、じゃあそれらの規制が撤廃されれば、上記のようなwebサービスばりに世界の様相さえ変えそうなものが出てくるのか? 日本を席捲とか「海外ではまずまず人気だが、日本では営業できてない」とかそういうレベルじゃなく。国内を席捲レベルでなら、こうした規制などのためにできなかったり潰されたりしているサービスも多いだろうけど。

自分としては大いに疑問なのだが、それなりに多くの人が

アメリカ:とりあえず企業がやってみて、問題があれば法規制をする
日本:まず、行政による許認可や規制を作って、その後に世論次第で緩和する

この違いは大きい。

みたいなことを言ってるということは、たぶん自分の勘違いなんだろうな。というか、そもそも上記引用のようなことを言ってる人自体、そんなに多くないのかもな。

「出る杭は打たれる」「起業のリスク」「日本は完全を求めすぎ」という意見についても同様の疑問があるんだが、これもやはりそういう意見の人が少なからずいるようなので、自分の気のせいなんだろう。
エニグモ社の雑誌通販サイト「コルシカ」についてはあれこれ疑問に思っていたのだが、調べてみるとちょうどいい記事があった。

「コルシカ」――歴史に残るかわからないけど、記憶には残りましたね!
こちらに私が抱いたのと概ね同じような疑問が連ねられている。著作権など出版社との関係については同じような記事を多く見たように思うが、それ以外の部分。

と思っていたら、上記記事の続きがあった。

エニグモ社でコルシカのこと聞いてきました
あくまでコルシカ側の言い分ではあるにせよ、疑問に思っていた部分はだいたいどう考えられていたか解った。スッキリしたという意味で、すごくいい記事だと思う。

で、何を気にしていたかというと「仕入れ」と「在庫」の部分。
コルシカ側の言い分だと
・最初にまとまった数を取り次ぎより仕入れ。仕入れ分がはけたら売り切れにして再入荷はしない
・入荷した本は買い切りで返本しない。売れ残りや売れたが発想されなかった本はエニグモ負担で廃棄する。廃棄証明書を出版社に対して発行するようにしていきたい。

特に返本については謎だったので(普通に考えればブツが手元に残ろうが売れてしまえば返本はできないだろう)、買い切りにしたというのは納得がいく。

他にも「ビューワーで見られるのが12ヶ月、マイフォルダにクリッピングすれば見られるのは36ヶ月」とか「ブツの発送希望者は購入後30日以内に申し込むこと」という当たりはやや念頭に起きたい。この期限などは撤廃の可能性も否定されていない。

以下、エニグモ側が虚偽を述べてないという前提で、それでも残った気になる部分や疑問点を書いてみる。

そもそもコルシカが中断を余儀なくされたのは、出版社に無断で「本を買うとデータをビューワで見られる」というのがサービスに含まれていた点。著作権的にはアウトなようだが、上記記事によると
・顧問弁護士と事前に相談はしていない
・既存の書店と同じく、出版社とは取次ぎを解して交渉する気でいた(取次ぎとは話した)
ということらしい。

個別の出版社と交渉するのではなく、先にサービス開始して一網打尽とまではいかないものの、少しでも多くの出版社を一度で交渉の席につかせるのが目論見なんじゃないかと思っていたのだが、エニグモ側の話では「既存書店と同じような振る舞い」をした結果、出版社との事前の個別交渉をしなかったということらしい。
他にも上記インタビューでは「自らを既存書店と同位置」に位置づけての振る舞い、というスタンスが散見される。

まあ実際、「本を買うとデータをビューワで見られる」という点がなければコルシカはベタな「雑誌専門のネットショップ」だ。取次ぎから本を仕入れて、それを人に売る。物理的な本の「仕入れ」と「在庫」がある点で、パピレスみたいな電子書籍販売とは大きく違う。

デジタルデータの閲覧権を売るわけではないのに「ビューワーで見られるのが12ヶ月、マイフォルダにクリッピングすれば見られるのは36ヶ月」「ブツの発送希望者は購入後30日以内に申し込むこと」というのは微妙だが、雑誌は分野によるがだいたいバックナンバーなんてそうそう売れないし、ブツの発送希望受付に期限がないと、そのためだけに「必要かどうか判らない」ブツが倉庫で売ることもママならないまま「在庫」として計上され続けるので仕方ないのだろう。

とはいえ、「ブツとしての本を売ってる体裁なのに、1ヶ月以内に発送申請しない場合は36ヶ月で買ったものが読めなくなる」という「それって事実上デジタルデータの閲覧権を売ってるってことちゃうん?」なんてツッコミが入りそうな微妙な感じではある。「通常の売価は送料込み。基本的に買った雑誌は発送されるが、不要な人は1ヶ月以内に申請すること。その際、送料分は返金される」ならまだ体裁と整合する気がするが。

それはそれとして。じゃあ出版社(や他の著作権者)との関係が諸々クリアになってコルシカが晴れてサービスを再開したとして、儲かるんだろうか?

【コスト関連】
コルシカの本の売価は書店と同じで発送の場合は実費程度がプラスされる。ということは、現状だと仕入れ値と売価の差額だけが収入になる。雑誌の仕入れ値は定価の6割~7割くらいなので、460円の雑誌なら売上げは138円~184円となる。1000冊仕入れた雑誌が完売しても138,000円~184,000円と、たいして儲からない。
勢いたくさん売る必要があるのだが、そのほとんどのブツが廃棄されるなら、全体の入荷数が増えれば増えるほど廃棄代(と証明書も発行するならその発行手数料)、在庫を抱える場合はその倉庫代などが必要になる。

入荷分がすべて売れればいいが、売れ残った場合にいつまで在庫として販売を続けるかという問題もある。次号が出たら廃棄、だと普通の書店と同じで「最新号しか買えない」というラインアップになる。とはいえ、返本できないので在庫として塩漬けにするにも限度がある。どこかで見極めが必要だろう。

というわけで、当然ながら「売れ筋の雑誌は多く」「売れない雑誌は少なく」というように、ごくごく普通の「仕入れの見極め」が必要になる。あんまりにも売れない雑誌は取り扱い数を最小にするか、中止することになるだろう。結局、続けていけば通常の大型書店の雑誌コーナーと大差ない商品構成と入荷比率になるのではないか。

【需要関連】
一方で雑誌専門であり続ける場合、競合としては書店だけでなく「コンビニ」「キオスク」も含まれる。というか、ネット通販で雑誌が欲しい人って「そういう場所に行けない」「マイナーな雑誌で取り寄せが必要」「バックナンバーが欲しい」ということだろう。それに加えてコルシカは「ブツを手元に置けない。置きたくない」という人がターゲットになる。

しかし「行けば買えるが、コンビニにもキオスクにも本屋にも行けない」人というのはそう多くないし、「マイナーな雑誌で取り寄せが必要」という人にしても「仕入れの見極め」をやっているとコルシカでさえ扱わなくなる可能性があるし、入荷してもすぐ売り切れるとかで定期購読の方がマシになったりしないだろうか。バックナンバー需要は絶対数が限られるし、コルシカとてそうそういつまでも売れ残った雑誌のバックナンバーを売っててくれるとは思いにくい。

「ブツを手元に置けない。置きたくない」という人にとっては重宝だろうが、最長36ヶ月で読めなくなるくらいなら普通に書店などで買って読み終わったら、とか翌月には、とかで捨てるのとどうなんだろう、大差ない気もする。


そんなこんなで、コルシカは
・通常の書店のように店舗費用が不要な代わりに、システム運用費、廃棄費、倉庫管理費が必要
・需要としては微妙。ロングテールも狙いにくい
  →販売業者としてネット通販である利点が薄い
・そもそも雑誌販売は利益が少ない
という問題があるように思う。エニグモはこの辺のプラスとマイナスでプラスの方が大きいと判断したんだろう。ということはそれなりの根拠があるのだろうが、傍目で一見するとそう上手くいくとも思いにくい。

というわけで大騒ぎしたわりに、このままだといざスタートしたら残念な収支になるんじゃないかという気がする。素人考えだが。書店業とかに詳しい人の予想も知りたいところ。
こんなタイトルをつけるとこのブログがあえてそういう方法を実施していて、その気になれば人気のブログになれるかのようにも見えるが、そんなわけはない。そんなことが可能なら、ブログコミュニケーションコンサルタントだかなんだかを名乗って一儲けするがな。あるいは別のブログ作って名前を売ったりするだろう。知名度があれば得することもあるんじゃないの? 名前売れたことないから知らんけど。
ただまあ、人気のブログを目指す人は逆の発想から観てみるのも役立つかもしれないし、人気がありすぎて困っている人なんかも以下を実践すれば多分大丈夫。

で、まあ方法と書いたけれど、いつも自分がブログやその周辺行動としてどんな感じかをあらためて考えてみた結果である。いつもとはちょっと毛色の違った記事だ。あと最初にミもフタもないことを書くと、このブログもそうかもしれないが、内容が面白くなければゼロから人気は出ない。では前フリ終わり。

・毎日更新しない
自分は好きなブログを必ずRSSに登録しているので、それらのブログがどういう頻度で更新されているか、気にしたことがない。ただまあ、毎日更新すれば記事数も増えるし、なにやら注目されやすいのかもしれない。

・需要の少ないジャンルにする
テーマを設けたブログの場合、需要の少ないジャンルにする。このブログだって「webディレクション」なんてたいして需要のないジャンルだ。

・ネタが旬かどうかとか気にしない
面倒なのであえて避ける必要はないのだけれど、別に旬のネタかどうか気にしなくていいし、キャッチアップする必要もない。たまたま思いついた話がそうだったり、そういうネタを見て思いついたりしたら書けばいい。

・親しみやすい文体にしない
自分は何の工夫もなく自然体で書くとご覧の通りの文体なのだけれど、これではお世辞にも「親しみやすい」という雰囲気ではない。そうなると自然と書いている人も親しみやすくないイメージになり、あまりコメントとかで絡みたい気にもならない。

・ブログを交流ツールにしない
・ネット界隈で知り合いを作らない
・ブログとヒモ付く形でネット上で活動しない
これは3つとも似たような話なのだけれど、自分の場合二つ目は「ネット界隈に知り合いがほぼいない」というだけである。ただ、知り合いが多くてそうした人がその人のブログを知っていると、なんとなくコメントがついたり紹介したりされたりで注目される可能性が高まるんじゃないかと思う。

・賞賛やオススメだけの記事を書かない
・非難だけの記事を書かない
これは表裏一体で、先の3項目とも関係する。プラス評価の記事をかけば書かれた人はそのブログに好印象だろうし、マイナス記事を書けばモメたり「何か批判しまくりな記事やブログが好きな人」が集まって来やすい。とはいえ何かについて書くと気に「中庸」とか「プラマイゼロになるように」とかバランスを取るのも面倒なので、あんまり意識はしてないけど。

・ポジティブなことやネガティブなことを書かない
・極端なことを書かない
夢も希望もない代わり、失意も絶望もないような記事を書く。中立的とか客観的な態度というわけではない。だいたいポジティブな話やネガティブな話というのは解りやすかったり誇張しやすかったりそういう話が好きな人が多かったり読み物として面白くしやすかったりする。一方で、そのどちらでもない記事はだいたいが退屈な結論に至るので、そんなにインパクトもない。ただ、だいたいの物事にはいい面も悪い面もあるし、そうそうどちらの方向であれ劇的なことなんぞありはしないのだから、まあ「フツー」な感じなんじゃなかろうか。そういう意味では物事や自分の考え方を面白く見せようという工夫をしない、とも言い換えられる。

・自分の話をしない
今回の記事はかなり例外的で、いつもこのブログでは自分のことをほとんど話さない。ただ、そうやって私事を書かないと書き手に対するイメージとか親しみが湧きにくいだろうとは思う。
やや脱線するが、そもそも三〇手前の小男の日常がどうしたこうしたなんて興味ないだろう。私だって自分自身か知り合いでもなければそんなものに興味はない。好きで読んでいるブログだって、それを書いている人自身のことはわりと興味ない。RSSに登録しているブログでも、そういう記事はあまり読んでない。その人がどんな人だろうと、それこそ知っている人でもない限り、結果的に書かれているものが面白かったり興味深ければそれで充分だと思っている。

・長文を書く
・解りやすい文章にしない
・前置きとか前提条件を書かない
どちらも「短くわかりやすい文章を書く」という手間を面倒臭がっての結果なのだけれど、短いと読んでくれる人が増えるだろうし、解りやすく短く書くと省略される部分が出てきてそこを指摘したくなる。指摘するとなるとそれに反応したりして、結果的にブログが交流ツールとしての役割を果たすようにもなる。言及量が増えると注目も集めやすくなる。
そういえばよく「前提や前置き」なんかを「予防線」なんて呼ぶけれど、あれはどうなんだろう。自分の場合、これらを書くのは性分でそれを省くと書いていてどうにも気持ち悪いからなんだけど、書かなかったらどうなるかというとたぶんどうにもならない。他もまあだいたいのブログはそんなもん書こうが書くまいがどうもならんと思うんだけど。

・ブログを雑に扱う
ここまで読んだり、普段から読んでくれている人は解ると思うのだけれど、今回の記事で挙げたものでこのブログに当てはまらないものはあると思う。「ブログを交流ツールにしない」とか言いつつ過疎ってるけどコメント欄あるし、書き込んでもらえればレスはするし。
というのもこのブログ内で書いていることに一貫性を持たせようとか、ブレないようにしようという気がないからだ。この記事にもたびたび出てくるけど、面倒だから。ちなみに「少しでも面倒、大変だと思うことは一切やらない」というのはブログを続けるコツの一つだと思う。

ようするに自分のブログにそこまで重きを置いてないというか意識や注意を向けてないというか、ウエイトが低く雑な扱いになっている。とか書くと怒る人もいるかもしれないが、結果的に書かれている内容がある人にとって面白かったり興味深ければ読むわけで、そうである限りはそのブログについて書いてる人自身がどう思ってるかは関係ない。私がいつも更新を楽しみにしているあのブログやあのブログだって、書いている人は更新がいいかげん重荷かもしれない。飽きてるかもしれない。更新が頻繁じゃないのは、更新を忘れるくらいそのブログがその人にとってどうでもいいからかもしれない。でもま、読んでる方としてはそれはどうでもいいじゃないか、と。書かれていることを読みたいから読むわけで、その人の自ブログに対する態度や想いが見たいから読むわけじゃなかろう。


以上。

ちなみに人気のないブログであることにもいい点はある。
・好きなときに好きなことを好きなように好きなだけ書ける
・誰に何の配慮もしなくていい
・何を書いても別にモメない
・読んでくれている人は「本当に読みたいから読んでくれているのであって、知り合いだからとか有名だからとか、そういんじゃないんだなあ」と実感できる

人気があっても注目されててもそうできる人ってのはもちろんいるだろうけど、人気だったり注目だったりするとなかなかそうはいかない、という人も少なくないんじゃないか。ってもまあ、わざわざ意図的に維持するほどのことでもないのだけれど。というか、自分のブログが人気かどうかより、今日買ったベヨネッタが本当にガッカリゲーなのかどうかの方がよっぽど気になる。
今やiPhoneはモバイルビジネスを考える上で無視できない存在とかいう話も目にするけれど、今のところ無視してても何ら痛痒を感じていない。きっとあとで泣きを見るんだろうなあ…。とかいう殊勝な態度はまあいいとして。

もし今後スマートフォンがケータイのスタンダードになったら? ということを考えてみたい。どういうシナリオでそうなるかはさておき余興として。勘違いしている部分も多いと思うのだけれど、ご笑覧ください。

さてさて、当座の枠組みとしてiPhone、Android系&その他というざっくりとした分け方を頭の隅において、同じコンテンツのキャリアごとの呼び名の違いは忘れてください。

・情報コンテンツ
基本的にPCで見られる情報はPCと同じサイトで見られるので、だいたいが手離れor無価値になる。それを避けるならスマートフォン以外でアクセスできないサイトなりコーナーなりをわざわざ作って、PCでは閲覧できない情報を掲載するという非現実的な話になる。その分のコンテンツ調達費なりケータイサイト向けにページを作るコストは減るけど、客寄せやにぎやかしにこうしたコンテンツが使えなくなる。PCは無料、ケータイでは有料とかやってた商売は成り立たなくなる。

他のコンテンツの販促としてこうした情報を使ってた場合も影響がある。
あるミュージシャンがいて、PCとケータイで公式サイトがあるとする。ケータイサイトのほうはニュースやらなんやらからモバイル向けコンテンツへのリンクを貼って、商品販売の誘導口にしていたとする。また、サイトのメインメニューにも「着うたフル」だの「きせかえ」だののケータイ専用コンテンツが並んでいたとしよう。
情報部分はPCサイトに統合されるので、従来的な販促をするにはPCサイト側へそれを組み入れてもらうことになる。メニュー類などは大幅な変更が必要になるだろう(スマートフォンが主流になってそうしたケータイ専用コンテンツがどうなるかは後述)。ユーザが何でアクセスしているかを見て、メニューやら関連情報の表示内容をPC向けとスマートフォン向けで変える、という形になるかもしれない。

同じ会社なり部署なりが一括して両方を運用しているならいいが、違う部署や会社だった場合はPCを手がけている方に「お願いして」やってもらうことになる。違う会社だったらケータイ版を運営してた会社は1案件失注する。

・待受/Flash待受
成り立たなくなる。今のスマートフォンでは画面にアプリやらなんやらがガジェットとして並ぶので、待受の絵はあまり見えず、Flash待受は動くとも思えない。iPhoneだとロック状態の画面に待受が表示されるが、なんにせよ価値の低下、販売の成り立たなさは避けられない。

実際の待受としての役割以外、たとえば好きなグラビアアイドルの画像コレクション、といったような「コレクション」目的での価値も低下する。スマートフォンだと「2ch画像スレまとめ」みたいな場所から無料で溢れるほどDLできるし、今のケータイ向けにもそうしたサイトがあるものの、もっと増えて目立ちやすくなると思う。従来はPC向け画像のまとめばかり作っているそうしたサイトの管理人も、スマートフォン向けのまとめを増やすだろうし、まとめられる側でもそうした画像が増えるだろう。

・デコメ/デコメ絵文字
まあ今でも斜陽だけれど。これもHTMLメールのテンプレって感じで今のキャリアごとの差分による分断は避けられるかもしれないが、ますます売れなくなるだろうなあ。っていうか、iPhoneとかAndroid系ってHTMLメールってどういうふうに対応してるんだろうか。あと、デコメ絵文字については個人でPCサイト用の素材を制作、配布しているサイトなんかが自分らの作ってるアイキャッチ用のGIFアニメとデコメ絵文字が同じって事に気付いて、張り切って無料で投入してくるんじゃなかろうか。PC用と同じでいいなら、デコメテンプレートなんかも今より簡単に作れそうって気になって(まあ、今でも難しくはないが)個人で作って配布するサイトが増えるんだろうなあ。そうなると高品質を謳ってもなんでも、商売としては成り立たないだろう。

・マチキャラ
どっかいく。

・きせかえ
どっかいく。今のケータイでさえ「作る場所多い」「機種対応面倒」とかでなかなか採算合わないのに、スマートフォン向けの作ろうと思ったら可能であっても今より高コストだろうし、端末なりOSなりの提供元がサポートして呼び込まない限りコストアップでますます商売としては難しいんじゃなかろうか。PCの例で行くとwindows向けのカスタマイズテーマ作って売ろうって発想に近い感じでさあ、大変よ? しかも今のところスマートフォンだとそんなにカスタマイズテーマっつっても、いじれる部分って多くなさげだし。

・ムービー
今でも従来的なケータイ向けのyoutubeとかニコニコ動画とかあるけど、スマートフォンがスタンダードになったらもうPCと同じ感じになるんじゃないか。あと、もっとスマートフォンの方が進歩してだいたいの動画サイトでユーザ側が特に何の意識もなく動画を楽しめるようになると、既存のPCでの有料動画配信サイトと同じになってビジネス的にはなかなか厳しい。というか、いま思い立って試しにiPhoneでveohにアクセスしてみて頭もげた。動でもやりたきゃ「スマートフォン限定!」とかでやっぱりPCからのアクセス弾いて、他にはない動画を出すとかしてまあ気休めみたいなもんだ。

・音声関係
webラジオはPCのをそのまま聴く。楽曲のDL販売は着うたとか、普通の楽曲販売とかの境目はなくなるだろう。PCとケータイ向けの境目も。iPhoneだとiTunesから売るしかないよな。Androidとかその他だとまあ売れるか。ドワンゴとかがPC&スマートフォン(iPhone以外)用の楽曲販売なんかでがんばるのかな。それ以外でも今ケータイ向けに楽曲販売しているみなさんは戦場をPC&スマートフォン(iPhone以外)用に移して殺しあう感じで。

・電子書籍
現状のケータイ向け電子書籍は売上げのほとんどがエロとBLのコミックで主な利用者はあまり読書をしない人って感じなんだが、この傾向はスマートフォンでも一緒になるだろうか。kindleとかリブリカとかで電子出版ががんばって実際の書籍と売上げ構成が似てきたら別だが、その辺の流れはどうなるだろう。
変わらずエロとBLのコミックが売上げの主流だった場合、現在では出版社があちこちのケータイコミックサイトに作品を卸して売上げを得ているわけだが、スマートフォンがスタンダードになると音楽と同様、戦場をPC&スマートフォン(iPhone以外)用に移して、今までのケータイよりもコピーされやすい環境であれとかあれとかする。もしくはスマートフォン以外のアクセスを弾きつつあれとかあれとかする。
今のケータイのままでもそうなるだろうが、販売サイトは淘汰されて販路は減る。ゲーム機やkindleなんかでの販売によって増える販路もあるだろうけど。電子書籍の市場規模が増えて、エロとBLのコミックが売上げの柱という状況を脱さないとなんであれ先行きは微妙。

・アプリ
ツールとゲームに分ける。なんだろう。Vectorとかが売るようになるのかな。あとメーカーのDL販売とか。iPhoneについてはAppストアという超過密状態の戦場でがんばる。従来のケータイよりも「個人が作って無料配布」が増えるだろうから、そうした無料の相手たちとも今まで以上に戦っていかなきゃならない。

iPhoneのゲームはクソみたいなのもいっぱい、という話だが、ケータイゲームの方は平均がそれを下回る勢いなので、そのままスマートフォンに持ってったらアラが目立ってエラいことに。
というわけで、内容なり映像なりのクオリティアップを余儀なくされそう。そうなると自社開発はやや事情が違うかもしれないが、外注に出してる所は制作費がアップする。かといって値段は2倍も3倍もアップできないだろう。国内だけを相手にすると今のケータイユーザ相手と市場規模が大きく変わらないわけだが、まともに海外相手にするとライバルも世界規模の数になる。ローカライズの手間も掛かる。英語化したり、海外の法律的にどうかとかのコストも増える。

あと、Flashがちゃんと動くようになったら既存のPC向け無料Flashゲームとがっつりぶつかり合う。

・EC
PCとケータイの両面展開の場合はケータイ版を廃止。ケータイだけの場合は今まで以上にPC向けのライバル店舗とガッツリぶつかっていく。スマートフォンがスタンダードになったら今までPCでしか展開してなかったECサイトもライバルになる。

・アダルト
これもケータイのみだったところはECと同様、PCだけでやってた所がライバルに。



とまあ、こんな感じか。他にもあれこれありそうだけど、長くなったし疲れた飽きた。

スマートフォンがスタンダードになればそれによって生まれる分野や伸びるジャンルも当然あるんだろうけれど、既存のケータイ専門ビジネス的にはこんな感じだろうか。1ユーザとしてはスマートフォンの未来は大いに楽しみでスタンダードになっても面白そうなんだけれど、まがりなりにも現在ケータイサイトのディレクションをしている身としては、ユーザと一部の胴元以外ほとんどのプレイヤーがジリ貧になりそうなビジョンとかカンベンして欲しい。自分でネガティブな面ばかり書いておいてアレだけど。

【余談】
にしても、こういう流れでたまに「変化に対応できない所は滅びるだけ」みたいな論調の話を書く人がいるけれど、滅びるかもしれない側だって実際は生い立ちがあって家族とか将来とか日々の生活がある一人の人間なので、その一人一人からすれば「はいそうですね仰るとおりです」と謝罪して死にたくはないわけで。とはいえみんながみんながんばれば生き延びられるというわけでもないので、実に世知辛い。

転職するとかするにしても、景気悪いしねえ。能力や人脈があれば転職できるから心配ないっつっても、それらが「ある人」の側に入れない人が大多数なわけで、だからそれらが価値を持つわけで。その大多数に含まれる自分としても「はいそうですね」でおとなしく職を失いたくはない。なんだかんだで生きてるし。じゃあどうにかしろよと言われそうだが、それができればそもそもこんなことを思い煩ってクヨクヨしたりしない。いやまあ、根が馬鹿なのでそんなクヨクヨしてないけど。
自分の頭が弱いのか、早くも老化してきたのか、リアルタイム検索の使い道が今ひとつ思いつかない。っても、ちゃんと使い道を考えたことはないんだけれど。あとまあ、リアルタイム検索についてそんな詳しいわけでもない。ただ、パッと思いつかないというか。なので、以下、書くことで理解を多少なりとも深めたい気持ち。

この場合の「リアルタイム検索」は二つあって、「サービスとしてのリアルタイム検索」と「技術としてのリアルタイム検索」と。

・サービスとしてのリアルタイム検索
二つ三つのサイトを試してみたのだけれど、たとえば「Collecta」は検索開始直後からの結果が出てくるらしい。
もう一方で、「CrowdEye」はTwitter専用で、たぶんインデックス化がリアルタイムなんだと思う(違うかも)。

で、「CrowdEye」のような「インデックス化をリアルタイムでタイムラグなく行っている」というサービスの場合、そこが必要になる状況ってどんなのだろう。いや、「CrowdEye」は検索結果を時系列に並べたりとかもあるんだけど、それはリアルタイム検索とはちょっと関係ない気がする。

「Collecta」もそうで、検索したそのタイミング以降の結果を順次出していくっていうのは、どういうときに使うんだろうか?興味本位でキーワードを入れて眺める分には楽しいんだけれど、それ以外となると。

マーケティングとか分析に使うとか言っても、そんなリアルタイムで結果が追えなくてもなあ。多少のタイムラグあっても大丈夫じゃね?とは思う。どうせそういうのの結果を報告書とかにまとめるのって後日だろうし。あ、「Collecta」だったらイベント中にサイトとか会場でリアルタイム検索使って刻々と上がってくる情報を流す、とか?ニコ生よりは安定しているかもなあ。撮影しなくていいし。

いや、違うな。国内でこうしたサービスが立ち上がれば、イベントなり番組放送なりしているときに、サイトや会場なんかでTwitterや2ch実況版の書き込み、ブログの記事やニコ動のコメントなんかをまとめて表示させられるのか、な?

でもまあ、それくらいか。

・技術としてのリアルタイム検索
既存の検索サイトや組み込み型の検索機能なんかが機能強化の一環として勝手にデフォルトのインデックス化をリアルタイムにする分にはいいと思うのだが、たとえばこちらが意図的にリアルタイム検索を導入するような何かってあるだろうか。導入を検討するということは何らかの必要性があるって場合だろうけど、どんな必要性だろうか…。


思い返してみると、今でさえ(サイトによるけど)インデックス化のスピードには概ね問題ない気がしている。サイト運営上も一ユーザとしても、「ああ、インデックス化のスピードがもっと早ければ!」なんて感じたことはない。今後そう思うときが来るかもしれないが、「すでに充分早いので、これ以上早くなっても、まあ…」というのが今の個人的な感覚だ。

とはいえ、リアルタイム検索に価値がないとか言うつもりはない。あくまで「自分にはちょっと考えたくらいじゃ必要な場面が思い浮かばない」ってだけなので。ちゃんと考えればその有効な使い道を思いつけるかもしれない。それにほら、みんな大好きな「革命」「変革」「歴史的転換点」かもしれないし。よく知らないけど。

【余談】
なんとはなしに「941::blog」の過去記事を眺めていたら、2009年05月25日の「【6月2日(火)開催】居酒屋で「ディレクターの未来サミット」を開催します。参加者募集中!」という記事があった。
この中で

■俺が会ってみたい人
・泥臭い WEB の底から~ WEB ディレクター覚書~のハムカツさん
・ウェブライター流転記 のわかくささん

どうですか!

とあるのに気付いた。今さっき。

名指しで挙げていただけるのは大変に光栄なんだけれども、ブログに書いてくださってもなあ。まあ、上記記事を読んでない自分のせいかもしれないが、「941::blogの記事は全部読んでます!」って公言してるわけでもないんだが、とにもかくにもかえすがえすも見落としたのは残念だ。せっかくこのブログ右側の「プロフィール」の飛び先でメアド晒しているのに。って、普通はわざわざプロフページなんて見に行かないか。

というわけで、941さんがこのブログを読んでくれているかどうか存じないが、次にお誘いいただけるならぜひメールを頂戴できれば幸いです。

どうですか!
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