泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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炎ジョイ」というサービスがある。炎上しているブログなり記事なりをユーザが投稿しあって、攻撃と防御に分かれて参戦したり、炎ジョイ上で攻撃や防御の参加呼びかけをしたりする。現状では気に食わないサイトや記事をユーザが晒しているだけなものも混ざっている様子。

で、このサービスだけれど、以前このブログの「他人の企画はよく見える」という記事でも取り上げた
「livedoor ディレクター Blog」より。
企画発想法ケーススタディ : 幻のボツ企画『livedoor 119』

に出てくる「livedoor 119」と実によく似ている。どこがどう似ているかは両者を見比べて欲しい。

でまあ、「炎ジョイ」の制作者が「livedoor 119」を知っていたのかいないのかは判らないし、似ているのは偶然かもしれないし、その辺の背景はどうでもよろしい。

と、指摘するだけでは面白くもないので、上記に引っ掛けて何か考えてみる。それで面白くなるというわけでもないけど。

自分が企画して、実現はしなかったもののwebに公開した企画とよく似たwebサービスがある日リリースされたらどう思うだろうか?まずは「似たようなことを考える人がいるものだ」と思うだろう。一方で「自分の企画を見たのでは?」とも思うはずだ。
しかし「なんの留保も条件設定もなく」webに公開した時点で、そのアイデアを現実化する権利は手放したも同然なので、仮にリリースされたサービスの制作者が自分のアイデアを元ネタとしていても、文句を言う筋合いではない。

もし仮に自分が「livedoor 119」の発案者だったらどうだろうか。そして、「炎ジョイ」が「livedoor 119」を元に構想されたのだったら?

この場合、「ボツ企画を現実化した」という構図になる。これが嬉しいか不愉快かは人によって受け止め方が違うだろうけれど、自分の場合は「興味深い」と思っただろう。

「ボツ企画」そのものは、発案者にとってあまり価値がない。いつの日か使うためのストックくらいにはなるだろうが、その企画を考える家庭で考えたことの方が有用だったりする(それに「livedoor 119」はブログに公開されているので、流用ストックにはなりづらい)。

そんな「ボツ企画」に誰とも知らない人が着目し、現実化するだけの価値を見出したというなら、これは興味深いじゃないか。自分(あるいは自分たち)が現実化するだけの価値を認めなかったものに、なぜ価値を認めたのか?それをあれこれ推測すれば、そこから得られる見識もあるだろう。

ただまあ、「livedoor 119」の場合は内容が内容だけに、サービスとしての魅力があっても「株式会社ライブドア」という会社法人の名の下に行うのは、それこそ「CSR的な観点からすると」問題がある。「livedoor 119」はそういう理由でボツになった面もあるだろうから、サービスとして面白いと思う人がいてもその理由を想像する余地はあまりない。

実際、webサービスを自社で運営している所なら「魅力的な企画だけれど、我が社という会社法人としては無理だ」という企画はたくさん死蔵されているだろう。そうした企画はどんどんオープンにされて、それこそ個人レベルなんかで興味を持った人が現実化させていけば面白いと思うので、今回もし「炎ジョイ」の制作者が「livedoor 119」を元に構想していたのなら、非常に興味深い「企画の消費のされ方」だと思う。

なんだか全体をまとめる筋立てのない散漫な話になってしまったけれど、いつものことだ。
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