泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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メルマガを書く仕事をわりと長くやっている。社会人としてのキャリアが始まったころから、今も継続していくつか担当している。といっても、スパムメールで歴史に残るようなオモシロ文章をひねり出しているわけではない。ごく普通の「カタギな」メルマガだ。

ビジネスとしてのメルマガ市場規模は縮小している。消え去ることはないかもしれないが、プッシュ型の情報配信媒体として独占的な地位だったのは過去のこと。フィード配信という優秀すぎる後輩のために、存在感はかすむ一方。メルマガという媒体からすれば、フィードは「悪夢」だ。しかし、最近はフィードとメルマガとの関係が奇妙にねじれている。

最初に異変を感じたのは、以下のサービスを知ったときのことだ。

MODIPHI
http://www.modiphi.com/top.html


これはサイトやblogを持っていなくても、じかにフィードを作成、配信できるサービスだ。もちろんサイトやblogを持っていてもいい。ブラウザベースのフィードリーダーにもなるようだ。(ちなみに、上記サイトにアクセスしたTOPページで観られるプロモーション動画はとってもアレなので、ぜひ一度、音声付で観ることをお勧めします)

ここでポイントなのは「サイトやblogを持っていなくても、じかにフィードを作成、配信できる」ということだろう。最初に見たとき、「それなんてメルマg(ry」とか思った。実際、「データ形式や閲覧方法が従来と違うメルマガ」なんじゃなかろうか。それはもうメルマガじゃないかもしれない。フィードなんだからメルマガじゃないのは当たり前かもしれない。
けれど、サイトもblogもない。あってもフィードを自動生成していない、という人がフィードだけ別個に作れば、そりゃあもうもうメルマガっぽくなるんじゃなかろうか。

まあこれは、フィードをサイトの付帯要素としてではなく、独立して扱うことで幅が広がるよね、っていうお話。それが知識のない人にも手軽に出来るといいよね、という。そうするとフィードの「心身ともにメルマガ化」も起きるかもねっていう。

一方そのころ、「まぐまぐ」[*1]では…。

こちらの方が驚いた。久々にメルマガを登録しようと思いまぐまぐのサイトを見て、件のメルマガのバックナンバーページに行ってみると、わが親愛なる同志Operaのアドレスバー右にフィードアイコンが…。
つまりこのフィードを購読すると、まぐまぐでバックナンバー公開しているメルマガは、アドレス入れて登録しなくてもワンクリックで同じものがフィードリーダーで読めるようになるというっ!

こいつはどういうことか。どういうことなんだ?冷静に考える。
・購読がより手軽に(ユーザ側)
・メルアドを晒さずにすむ(ユーザ側)
・メルアド収集のリスクが逓減する(まぐまぐ側)
というところだろう。あとプラスするなら
・増え続けるフィード利用者、減り続けるメルマガ購読者という現状に乗っかる(まぐまぐ側)
・フィードにすることで、ビジネスの可能性を広げる(まぐまぐ側)
というところか。もっと根本的には
・メルマガ配信スタンドの延命策
とも言える。

しかし。しかし、だ。ここにはもっとなにか、大きなものの片鱗を感じる。メルマガそのものの存在論的にも意味論的にも。

たとえばメルマガの閲覧手段がメーラーよりも各種フィードリーダーが主軸になったら、「わかってる。わかってるねんで?メルマガは○○なところが魅力やねんな?いやほんまわかってるねんで?」と言われる際の「○○[*2]」に入る内容が変質したり無効になったりするんじゃなかろうか。

  1. 「メルマ」も同じになってた。というか、まぐまぐはバックナンバーページURLが “http://blog.mag2.com/m/log/0000223065/” とかになってる…。blogなのか。[↩back]
  2. メーラーというごく私的なツールへ届くことで、webサイトとは違った親密さを醸成し云々…とか。[↩back]

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