泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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インターネットと人、インターネットと社会、みたいな話は読む分には楽しめることもあるし決して嫌いではないのだけれど、自分では滅多に書かない。あんまディレクションと関係ないし、書くネタが思い浮かばない。とはいえまあ、たまには目先が変わっていいかも、という感じで。まあ、あまりパッとしない話になるので見てて。

その1:人生が変わる!
ウェブはバカと暇人のもの!? - 大前研一でさえ「知の衰退」に加担している
という記事があって、その内容とは直接関係ないのだけれど、上記記事の中で

「ネットはもう進化しないし、ネットはあなたの人生を変えないから」という主張は、ちょっと偽悪的すぎるように感じられて、同意できません。
岡田有花さんの『ネットで人生、変わりましたか?』の事例は本当だろうし、少なくとも、ネットは私の人生を変えたし。

という一文がある。そりゃまあそうだろう、と思う。人の人生はけっこう色々なことで変わる。ボランティア活動で変わった人もいればスキューバダイビングで変わった人もいるし、北原照久さんなんか最初はガラクタと思われてたようなモンで人生変わった。大病患って人生変わる人だっている。つまりまあ、人生どう転ぶか判らないという言葉にもあるように、人はいつ何時、何で人生が変わるか判らない。「何で」の部分は人それぞれなんだってありうる。

だから、インターネットで人生が変わる事だって、当たり前すぎるくらいに当たり前だ。なので、インターネットで人生変わったという人が居たからって、それ自体は特にどうという意味もない。とはいえ、「ネットはもう進化しないし、ネットはあなたの人生を変えないから」の「あなた」があまねく全人類を指しているならそれは誇張だろうが、だいたいの人にとっては「人生変わった!」みたいな事にはならないだろう。生活習慣が変わったとか、ライフスタイルの一部が変わったとかはあるだろうが。たぶん「サッカーで人生変わった」って人の方が数としては多いんじゃないか?よく知らないけど。

他のものとインターネットの違いといえば比較的短期間で広範に広まったという点くらいで、その度合いを考えれば本一冊ぶんくらいの「ネットで人生変わった!」って人を集めるのはワケもないだろう。少なくともネット関連の仕事をしてる人の大多数にとってネットは生まれてしばらく経ってから誕生したものなので、「それで人生変わった」と認識する程度も高いんじゃなかろうか。他の「生まれる前からあったもの」に比べて。だいたいそれが無ければ大多数はなんか別の仕事したりで大きく違う人生を歩んでいたろうから、自分も含めてネット業界の人間はあまねくネットとの出会い(というか誕生)で人生が変わったと言えるんじゃなかろうか。

というわけで、「ネットで人生変わった」と思っている人は思い返してみれば、もっと手前の段階で「人生変わった」と思うような出会いがたくさんあるだろうから、一度それについてつらつら内省し、ネットと比べてどうかを考えてみると色々とどうでもよくなってくるかも。

その2:殴られる!
今のネットは多様性を殺すかも
という記事があって、その内容とは直接関係ないのだけれど、上記記事の中で

ネット上でのコミュニケーションでは、ある程度の匿名性や実名であったとしても「顔が見えない」ことによってリアルなコミュニケーションとは違ったコミュニケーションが形成されがちです。 例えば、目の前に大学教授や社長がいたとして「ちょwwww、自重しる」と目を見て言える人が何人いるでしょうか? 不思議な事に同様の行動をネット上で平気で行う人は非常に多く存在しています。

ネット上でのコミュニケーションでは、ある程度の匿名性や実名であったとしても「顔が見えない」ことによってリアルなコミュニケーションとは違ったコミュニケーションが形成されがちです。 例えば、目の前に大学教授や社長がいたとして「ちょwwww、自重しる」と目を見て言える人が何人いるでしょうか? 不思議な事に同様の行動をネット上で平気で行う人は非常に多く存在しています。

という一文がある。実はこれはネットに限った話ではなくて、もっと昔から存在している現象だ。ネットの登場によって広範に見られるようになった、というだけで。

※以下、うろ覚えの話なので眉に唾して聞いてください。

明治から昭和の初めごろに同人誌で文学や評論をやる人が多くて、新聞でも小説や文芸評論なんかが人気だった時代。方々の誌上で会ったこともない人同士が文章で喧嘩してて絶縁だの最後通牒だの「あの野郎、会ったらぶん殴ってやる!」だのが頻繁に起きていた。実際、襲撃まがいの事態になったり、「バッタリ初顔合わせ→肉弾戦」みたいなことがあったらしい。一方で「文章では威勢のいいこと言ってたが、会ってみたらオドオドしてて殴る気が失せた」みたいなこともあったとか。
当時、同人誌や新聞雑誌でこういうことをしていた人の数は今のネット人口よりも遥かに少なかったわけだけれど、それでも炎上したりモメたり喧嘩沙汰になっていたわけだ。というわけで、幾ら昔の人が今の人より(自分が読み知った範囲では)往々にして遥かに粗暴無謀で独善的、ゆとりとDQNをあわせたよりタチ悪そうだったとはいえ、これは人間なり日本人なりに元々あった傾向なんじゃないかと思う。それが広範に発露している現状はまあ、良し悪しはさておき今後も避けられないんだろうな。

というわけで、こうした事態を避けるために顔色を伺いつつ何か書くとか、カドが立ちそうなことは公開制限したSNSで書くとか、匿名で2chに書くとか、そういう選択肢はあるものの、それがイヤなら強くなるよりコメント閉じるより、モメた相手と会ったとき「おとなしく殴られる」か「殴り合う」かを決めておいた方がいいかもしれない。
あ、上記記事表題の「今のネットは多様性を殺すかも」については肯定も否定も、特に意見はありません。

…なんだかいつにも増して話の展開に飛躍が多いというか支離滅裂な感じだけれど、最後にもう一個。

その3:webは停滞しているか?
なんだか、このところ目にする機会があるので。
停滞しているのかどうかは知らないが、クラウドにしろiPhoneアプリにしろ、mixiアプリにしろAIRアプリにしろ、個人的にこのところwebで注目を集めているジャンルにいまいち前のめりになれずにいた。が、その理由に思い至った。あまりに当たり前すぎて気付かなかった。まあ、自分の頭が鈍いんだろう。で、その理由ってのは「どれもサイトじゃない」ということだ。どれもアプリケーションであって、その企画や構成、流通はサイトのそれと大きく違う。大きく違うだけあって仕事として自分が関わる機会は少ないだろうし、関わってもそのディレクション(があるとして)はサイトのディレクションと大きく違うだろう。そのあたりで何だかこう、スッキリしない気持ちになっていたのだ。私がスッキリしようがしまいが他の人にはどうでもいいのだけれど、個人的にはハッとしたので。
まあ、言うても自分だってこのところはケータイサイトコンテンツの企画とディレクションが主なんだけれど。アプリとかFLash待受とか。

まあ、前回に続いてこんな雑感ばかり書いているといよいよもって読んでくれている人に申し訳ないので、次回はwebディレクションについて書きたい。たぶん「競合サイト」について。っても、webディレクションなんかで一般化したり敷衍したりして語れるようなことってそうそう多くないんだよな。
livedoorディレクターBlogみたいに実際のサービスを引き合いに出しつつ個別の取り組みを紹介するとか、webディレクションに限らず有効な、一般的なビジネススキルなりノウハウなりのTIPSを紹介するのでもなければ。
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