泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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ダメとは言うけど後でとか
というのを読んだ。
サイト制作の相談を受けた場合に、

「できる方法」と「よりよくする提案」とかをして、質問には答える。
「そんなもん成功するわけないし、コストのムダだろ」
という道を誤らせない批判もきちんと伝える必要があるのだが、それは前向きな話をした後に付け加えておく。

という話。

「やるな」という否定をせずにある程度は目を瞑ってもいいんじゃないのかね。

というのがたぶんこの話のキモなんだと思う。といっても上記記事の筆者が無責任だからというんではなく、

勝算が提案者にはあって、こちらではそれに気付けていないだけかもしれない。

という考えがあってのことだ。

でまあ、この手の「相談」というのは自分もときどき持ちかけてもらうことがある。タイミング的にここしばらくは減ったけど、まあ、ある。基本的には自分も上記のようなスタンスだ。

と、ちょっとここから話がとっ散らかってくる。

非IT系の人と話していてたまに言われるのが、「IT系の人って出来るかどうかとか、こっちが知りたいのは1点だけなのに延々と説明が続いて疲れる。結局できるのかできないのか、それだけでいいのに」ってこと。理解できなくはない。そういう人は確かにいる。なので、自分もそういう質問を受けたときはまず端的に「出来るかどうか」だけ答える。せいぜい質問内容によって「お金かければ」と付けるくらいか。しかしまあ最近では、お金かければたいていのことは実装できるからなあ。成功するかどうかは別として。でも、なぜか人によっては「できる=安くできる」って人もいるので「お金かければ」ってフレーズは外せない。

「よりよくする提案」をするかどうかは、相手との親しさによる。それなりに互いに信頼関係や付き合いの長さ、打ち解けた空気があれば「思い付き」ということで話すことはある。が、仕事の場合は提案しちゃうとある程度「成否」に責任も出てくるので、少し提案に慎重になる。でも、アイデアが浮かべば「思い付き」であることを強調して喋るけど。「ヤリましょう」で採用されれば仕事につながるし、ダメでもその程度なら別に損失ってほどでもないから。相手が予算的にギリギリだと提案とかできないけど。あと、強烈な値切りをしてくるクライアントにも提案とかしないなあ。前職でのことだけど。

聞いた瞬間に「それはダメだろう」という企画だって、自分も一概に否定はしない。それこそ「勝算が提案者にはあって、こちらではそれに気付けていない」という状況は往々にしてあるし、「実は大人の事情が絡んでいる」「実はコケてもこれこれの事情で話はついているので大丈夫」など、部外者には窺い知れない事情があるケースもあるし。「実は社長が発案した」とか。

で、思い出したのだけれど
IT系のベンチャー企業がキレイ事を言うのは、僕らがキレイ事を聞きたいから
というのを読んだ。「IT系ベンチャー企業の社長講演にキレイごとが多いのは~」という話で、まあIT界隈は純朴な人が多いので、汚い話は耐え難いんだろう。というのは冗談で、別にIT系じゃなくても社長講演ってそんなもんじゃないのか?先日もTVで森ビルの社長が喋ってたけど、なんか花畑みたいな話しかしてなかったよ。そこで急に「いや、あの土地はたまたま棚ボタで手に入りましてね。ウハウハですわ」とか言うわけない。っていうか、そんなこと言われたら本人以外みんなリアクションに困るだろう。「もうね、儲かっちゃってしょうがないんすわ」でさえ言わんだろう。というわけで、講演でぶっちゃけたダーティートークする社長とか、ITベンチャーに限らずそう多くはないと思うんだが。そんなことされたら社員ほか関係各社も困るだろうし。
なので、

「ベンチャー企業の社長」の講演がこのような「キレイ事」のオンパレードになったのは、自然とそのようになったのか、この講演を聞きに集まっている人が「そのような話を聞きたい」から、あえてそのように言ったのではないかと思う。

っていう結びは、それはそれでキレイ事のようにも思う。だからダメだとかいう話じゃなくて、IT系の人間はなんのかんの言って純朴なボーイズ&ガールズが多いということを無駄にカドが立たないよう穏当に書くのは難しいと思った次第。

で、話は戻る。ダメっぽい企画を相談された自分が中の人で、相手も中の人だったらどうか。この場合も否定はしない。あれこれ話をして最後に「ですが…」と言って表情を曇らせる程度だ。やられたことある人なら同意してもらえると思うのだけれど、相談相手が懸念顔になったり言葉を濁らせるのって、それだけで「反対はしないが、ちょっと心配だ」というのを伝えるのに効果がある。少なくとも相手が紫式部なら絶対にこれだけで色々と汲み取ってもらえる。どうでもいいけど、枕草子と紫式部日記を斜め読みした感じでは、紫式部の方が自分は解り合えるんじゃないかと思う。

この行動の眼目としては相手に「このままではダメで、何か解決すべきこと、考えを深めるべきことがあるんじゃないか?」と思ってもらうことにある。それが何か、こっちにも解らない時だってあるけど。あでも、立場が下の人にこれやると事実上反対したも同然になるので、同僚か上の人に対してのみ、ね。
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