泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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色々と「地味だけれど意外と役立つ」能力について書こうかと思っていたんだけど、仮にこの記事を読んでくれる人がいたとしても、webディレクター的にはそうした能力を身に付けたり伸ばしたりするより、手持ちの能力でどうやりくりするかの算段をする方が有効なんじゃないかという考えが浮かんで、書く気が失せた。そもそも、仕事で必要は能力は遣っているうちに自然と伸びるし、自然と伸びない能力は持っていてもあまり使わない(アフリカのサバンナで暮らす人の視力がいいのは、視力向上のトレーニングをしたからでも、視力向上に意欲的意識的だからでもない。本当にそういった人の視力が言いとして、だけど)。まあ、「役立つ能力」とか「必要なスキル」といった話題が「あるあるネタ」の一変種だってことは解ってるものの。

とりあえずウソっぽいノウハウのTipsでも。

誰かから作業完了の知らせを受けたあと、クライアントに対応完了のメールを出すとする。一言で済むんだけど、他に忙しい仕事があったりして後回しになっていることはないだろうか?
これは実にもったいない。たとえば作業が依頼を受けてから1時間後に終わったとする。この時点でメールすればクライアントからは1時間で対応完了したように見える。当然だけれど。
一方で、1時間後に終わったのに後回しにしたせいで、連絡するのが3時間後になったとする。すると、クライアントの目には対応完了まで3時間かかったように見える。
2時間というのは実際にはたいした違いじゃない。けれど、実際に依頼されてから対応完了までの時間が同じでも、そこですぐに連絡するディレクターと後回しにするディレクターとでは、積み重ねの効果でクライアントの持つ印象はずいぶん違う。すぐに連絡する人は「動きがいい」「仕事が速い」というイメージを持たれ、後回しにする人は「レスポンスが悪い」「時間がかかる」というイメージに。

連絡するより先にたまたまクライアントがテストサイトなりを見て「あ、もう終わってんじゃん」と気付いてから数時間後とか半日後に「終わりました」という連絡をディレクターが出しているような場合は、ムダな悪印象が持たれかねない。

というわけで、どんなに忙しくても作業完了のメールは可能な限り先に出した方がいい。それだけでクライアントから「あの人は仕事が速い」という評価を得られることもある。

以上。役に立ちそうだろうか。

さて、折角なので前回に引き続きインターネットと関係ないことを「能力」というお題で二つほど。


◆「だいたい解った」までのスピードが大事
あちこちで繰り返し言われているように、webディレクターは各作業の専門領域について、当の専門家ほど詳しい必要はない。しかし、相手の言うことがだいたい理解できるくらいの知識は必要だ。しかし、各専門領域はそれぞれ相当のスピードで変化している。クライアントの事情や状況もどんどん変わるし、新しいクライアントごとにも違ってくる。

こうしたとき、「よく解った」に至るまでの時間はどうでもいい。重要なのは、どれだけ早く「だいたい解った」まで到達するかだ。この段階まで持っていくスピードに必要なのは粘り強さでも理解力でもない。もっとスプリンター的な能力、たとえば「要点を把握する力」とか「既存のものに置き換えてイメージする力」だ。

例えばの話。先輩のwebディレクターはこれまでPCサイトだけをやってきたが、諸事情でモバイルの仕事もするようになった。そこへ、デコメ案件が回ってきた。それまでデコメなんて送ったことも受け取ったこともなかったらしいのだけれど、実物を見て言った。「アニメバナーみたいなものなの?」と。

傍で見ていると(というか隣の席で見ていると)、最初の瞬間に「アニメバナー」と置き換えて理解し、そうした観点でディレクションしたことで、特に不都合はないようだった。というか、まずまずクライアントからの評判はよかったらしい(まあこれは、デザイナーさんの力量によるところも大きい。表示確認だけ手伝ったけど、よくできていた)。これは上手くいったっぽい事例なので証明材料にはならないが。

そういえば、具体的な事例をこのブログで書くのは初めてかもしれないな。

で、詳しく理解するにつれ初期の認識と違っている部分が出てくるケースはあるだろうが、こういう「だいたい解った」に至るまでの時間が短いと、早く動き出すのに都合がいい。

というか、逆に「だいたい解った」と思えたら、それ以上理解を深めるより先に、その理解で動ける範囲だけでも動いた方がいい。まあ、「だいたい解った」と「早合点」は似ているので、時々ミスを招くけど。


◆コミュニケーション能力
コミュニケーション能力は「誰も実体を指し示せないのに、確かにあると思えるもの」だ。もしくはオルゴンガスとかエーテルとかアストラル体とか動物磁気みたいなもので、「実際には存在しないにもかかわらず、一部の時代や社会において「あるもの」という前提で物事が進む」要素。いずれにせよ、仕事においては採用試験の面接くらいでしか登場しない。実際の仕事の場では「やりやすい、やりにくい」とか「ソリが合う、合わない」とか「口が上手い」とか「聞き上手」など無数の具体的な能力や特徴の中へ霧散してしまうから。

そもそも、コミュニケーション能力は「喋る・書く」という場面で発揮されるものばかりではない「聞く・読む」という場面でも発揮される。喋るのが苦手でも、相手から必要なことを喋ってもらうのが得意な人、書くのは苦手でも相手の書いてることからニュアンスがちゃんと汲み取れる人は、それはぞれでコミュニケーション能力に長けてるんだと思う。というわけで、「自分はコミュニケーション能力に自信がない」と思っている人でも、「聞き上手」や「読解力ある読み手」という形で必要充分なコミュニケーション能力を持っている人は多い。「伝達」という意味でのコミュニケーションではなく、「物事を円滑に回す」という意味でのコミュニケーションであっても、それは同じだ。ホームズとワトソンでは、喋るのが上手いホームズと同様、ホームズに上手く喋らせられるワトソンも同じくらい「コミュニケーション能力に長けた」人なのだ。

で、話は変わるけど。どうせなら求人募集の要項に「コミュニケーション能力」と書くのは止めたらどうかと思う。どのみちあれはコミュニケーションを取る相手次第の面もあるし、周囲がそう評価するかどうかの問題なので、いたずらに募集要項にそう書いて応募者が減るリスクよりも、書かずにいて応募者が減らない事の方が有用なんじゃないか。逆、つまり「募集要項にコミュニケーション能力と書いてないから応募を止める」という人はいないだろうから。まあ、「募集要項にコミュニケーション能力と書いてあったから止める」という人は、それはそれで何がしか問題あるようにも思うけど。まあ、募集要項に「コミュニケーション能力」と書くことの意味とか意義をそんなに深く考えるほどヒマな採用担当者もいないだろうが。

でも自分なら面接の場で、「コミュニケーション能力に自信があります」なんて言われたら「あるかどうかはこちらが判断すること」とか思ってしまいそうだ。
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