泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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iPhoneについて好意的な評価をこのところよく目にした。「未来だ」とか「プラットフォームだ」とか何とかかんとか。一方で、好意的じゃない評価も目にした。で、それを通して考えたことをとりとめもなく。たぶん勘違いしているところとかすごくすごく多いんだろうけど。失笑しつつ見てください。
あ、結果的にまとめというか、オチらしきものが後ろの方に書けたので、かったるくなったら最後の方まで読み飛ばしてください。


好意的な記事を読んでいて、残念に思ったことがある。じゃあ、その素晴らしく可能性に満ちたiPhoneで、これまでにないどんなモノが出てくるのか、という点について、あまり具体的に書かれている記事を見つけられなかったことだ。もちろん、私が見逃しているだけかもしれないが、可能性と共に浮かんでくるアイデアがあまりにも素晴らしいので、みんな珍しく「人に知られないようにしよう」とか思ってるのかもしれない。その可能性は大いにあるが、それだけってことはないだろう。

だって、「実物を見たことも触ったこともないし、実際にどんなものが作れるかは知らない」ものを(「携帯電話を使う人」としてなら不思議じゃないんだけど)「作り手」の立場からそんな賞賛するなんて、ねえ?まあ、「よく分からないが、とにかくすごい可能性を感じる」というものもある。iPhoneもそういうものなんだろうか?

PCのサイトだとかシステムだとか、アプリケーションだとかを作ってきた人にとって、iPhoneが現在の日本の携帯よりも作り手として取り組み易そう、理解しやすそう、という気はする(macよりもwindowsの開発経験のある人の方が多いだろうから、windows mobileの方が取っ付きやすそうだとは思うけれど)。で、「よし、いっちょやってみるか」と思った人たちが大勢参入して、細部が微妙に違う似たり寄ったりのアプリがたくさん出てくるんだろう。

以下、ちょっとケータイ向けのコンテンツやアプリビジネスという面からiPhoneについて考えてみたい。

【開発環境】
優れたSDKがあるそうで、そういう点では取っ付きやすいんだろう。ドコモやau、windows mobileなんかもそういったものは提供しているし、それぞれのアプリ開発にとってはそれなりに充分何じゃないかという気もするが。使いやすさが優れているのかもしれない。まあ、windowsなんかでの開発経験や知識がどこまでいかせるか知らないが。

そもそも今の日本の携帯でダウンロード型のアプリを作るにはFlashかJavaアプリが主なんだろうけど、ケータイ向けにこうしたものを作るのって、PC向けに作るのと比べて、どの辺がどれくらい違うんだろうか。ずいぶん違うなら敷居は高いだろう。けど、そうでなくて、PC向けで培った知識と経験があればそんなに苦労しないってんなら、従来の携帯でそうしたものを制作・販売(や無料配布)するのは、その気があれば(経験者なら)すぐできる。

そうしてみると、iPhoneでの開発って、windows mobileや既存の日本の携帯向けにそうしたものを作るのに比べて、どれくらいやりやすいんだろうか。気になるところだ。

【販路】
Appストアで作ったものが販売できるというのは、ケータイ向けに何かを作って利益を出そうとする上で、iPhoneを選択する大きなアドバンテージになる。ただ、全てがその1ストアに集中すると、これまでの日本のケータイでそうしたビジネスをする以上の競争が強いられるかもしれない。一方で、集客を位置からスタートする必要がないというのはメリットだ。

【共通性】
iPhoneならどこの国のどのキャリアでも同じであれば、今みたいに3キャリア向けに別々にコストは必要はなくなる。一つでいい。それに商品内のテキストやサイトでの掲載文などが外国語で書けるなら、翻訳作業だけでその言語圏の人々にだって売れる(なぜかあまり考慮するように書いてある意見を目にしないが、こうした展開では地味ながら高いハードルがある。これについては今度書く)。これは従来の国内ケータイ向けビジネスに比べ、とても効率的だ。

【疑わしい部分】
iPhoneで日本国内のケータイユーザに何か新しいものを提供できるだろうか。思えばiPhone以外の携帯を使っている人にとって、「携帯でできて欲しいのにできない」という需要はあるんだろうか。天気予報やら乗換えやらの情報収集は可能だし、SNSなんかのコミュニケーションもできる。ブログも読み書きできるし、娯楽としてもゲーム・動画・小説・コミック・音楽と、ひととおり揃っている。iPhoneはそれらの「はるかに優れたバージョン」を提供できるだろうか。あるいはそれらの「iPhone対応版」以外の何かを提供できるだろうか。需要に応えるのではなく、需要を作り出すような。

iPhoneは今のところ見た目とUIの使い勝手以外に、日本の携帯より優れた点は少ない。であれば(広い意味での)コンテンツが強力なアピールポイントになるはずだが、それがこれまでの携帯で提供されているものと大差ないなら、なかなか強くユーザを惹きつけるのは難しい。総合的なスペック的に他よりやや劣るゲームのハードがあったとして、コンテンツラインアップの大半が他ハードの移植作だったら厳しいだろう、というのと似ている。


とまあ、散漫にもほどがあるのでこの辺で。

で、ここまで来て「iPhoneという奇跡」という記事を読んだ。

「ネットに常時接続されているモバイル端末はどうあるべきか?という長年の問いに、いきなり究極解を出してしまった」

さらにこの先には、ウェブアプリの革新が控えています。

私たちはいま、「パーソナルコンピュータの誕生」に匹敵する歴史的瞬間を目撃しているのです。そのことに気付いていますか?iPhoneの本質は、セクシーなルックスにあるのではありません。その奥の深い中身と、未来に開かれた歴史的意義にこそ、その本質は潜んでいるのです。

ということだそうで。なるほど。そうしてその歴史的事件による革新がもたらしたもので明日の天気を調べたり終電の時間を調べたり、飲み会で行く店のクーポンを手に入れたり新幹線のチケットを予約したりしつつ、空いた時間で友達の日記を読んで励ましのコメントを書いたり、切ない話に涙したり、MAD動画をニヤニヤ眺めたりするってわけか。ふーん。それは素晴らしい。

ああ、冗談です。きっと歴史的事件による革新がもたらしてくれるのは私の貧困な発想力では想像もできないような、素晴らしいものなんですよね!
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