泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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pandola.jpというサイトがある。

pandola.jpとは「インターネットを使っていて、良かった体験」を共有するサイトです。
「ネットやってて良かった!」という体験や経験を紹介するほか、私たちが実際に
「ネットの力でどのようなことが実現できるのか?」という試みをしてみたいと思います。

ということで、アクセスするとネットにまつわるポジティブな思いや経験が読める。1日1記事で、共有したい人は運営にメール。採用されれば載るらしい。

「体験や経験を紹介するほか」とあるように、運営側が紹介する形になっているので、たぶんインフォマーシャル的なアフィリエイトビジネスなんじゃないだろうか。違うかもしれないけれど。

で、自分はこういう「いいはなシーサー」的な話に興味はないのだけれど、興味を以って読む人もいると思う。そこでサイトから去ろうとして、いくつか気付いたことがあった。

昨今では「共有」する機能や場を提供するサイトが非常に増えている。こうしたサービスを企画する場合に検討する必要があるのは以下だ。

・誰と誰が
・何を
・どんな目的で共有するのか?
だ。
運営視点から言い換えると
・誰と誰に
・何を
・どんな目的で共有させるのか?
だ。

「誰と誰が」はユーザ同士が多い。あるいは「そのサイトにアクセス可能な人同士」と言ってもいい。「何を」は静止画だったり動画だったり、情報だったりする。「どんな目的で」については楽しみのためだったり自己顕示のためだったり。実際にユーザがどんな目的でそのサイトを使って何かを「共有」するかは個々のユーザが決めることだ。けれども、提供側は事前にそれを想定しておいた方がゴールが見えやすく、運営もしやすい。また、何であれ共有するものを「提供する側」のユーザからすれば、「見せたい」「知ってもらいたい」「聞いてもらいたい」だけ、というのも多そうだ。

また、「どんな目的で共有させるのか?」は「共有させてどうしたいか?」と言い換えることも可能で、特に今後はここがこれまで以上に重要なポイントになると思う。ただ共有させることで多くのPVや回遊率、滞在時間、リピート率などを稼ぐだけだと、もう行き詰るだろうから。

で、pandola.jpにあてはめて考えてみる。

・誰と誰が
ユーザ同士だろうけれど、好き勝手にアップできるわけではないので「運営側がユーザと」というのが正しいかもしれない。

・何を
これは「「ネットやってて良かった!」という体験や経験」だ。

・どんな目的で
運営側からすれば「楽しんでもらうため」そして、「ネットのポジティブな面を知ってもらうため」だろうか。もしインフォーマーシャル的なアフィリエイトビジネスなら、興味を持った人に「リンクをクリックしてもらうため」でもある。
情報を提供するユーザからすれば「感謝の気持ちを表明したい」「みんなに知ってもらいたい」といったところだろう。

こう考えてみると、なんというか、pandola.jpには違和感がある。
特に「誰と誰が」の部分だ。
このサイトでユーザが何かを共有したいと思ったら、「「良かった体験談」を募集しています」というページに飛んで、そこから運営にメールする。つまり、ユーザ同士が直接なにかを共有するのではなく、運営によるチョイスという手順が介在しているのだ。厳密な意味的にどうかは知らないが、それって普通「共有」ではなく「投稿」って言うんじゃないか?pandola.jpのしていることが「共有」なら、雑誌の読者投稿ページも「共有」と言えるだろう。

ある意味でそれは間違いじゃない。広い意味では「投稿という共有方法」なんだろう。にしても、なんだか「共有」と呼ぶことには、直感的に違和を覚える。自分勝手なイメージかもしれないが、「共有」と呼んだ場合、(利用規約の範囲内で)提供したい人は自由に提供し、享受したい人は自由に享受する、というイメージがある。

pandola.jpに問題があるというわけではもちろんない。ただちょっと、自分が違和感を覚えただけだ。
それよりもポイントなのは、
・サービスを考える上で、「共有」という概念や言葉を安易に使っていないか気を付ける
・「誰と誰に」「何を」「どんな目的で共有させるのか?」は明瞭に考えておく必要がある
という2点は忘れないようにしないと、ということ。

本題はここまで。以下余話。

「マジョリティユーザを念頭におくなら」だが、そもそも「共有」という言い方は上手い表現じゃないのかもしれない。shareの日本語訳なんだろうけれど、普段あまりネットを使ったりしない人からすると「共有」って日常生活では馴染みのない、どことなく硬そうなイメージがあるんじゃないだろうか。
むしろ「投稿」とかの方が同じことを指していても、親しみやすい気がする。本当はそれぐらい親しみやすくて、一語で現せる単語があればいいのだけれど、残念ながら思いつかない。

それにまあ、「共有」という言葉は、それはそれで特定のサービスを表す言葉としてネット上では標準化されつつある面もあるしね。それはメリットと言えるだろう。

さらに余話

私たちが実際に
「ネットの力でどのようなことが実現できるのか?」という試みをしてみたいと思います。

という部分に対応してどんなことをするのか、には大いに興味がある。
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