泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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こんなタイトルをつけるとこのブログがあえてそういう方法を実施していて、その気になれば人気のブログになれるかのようにも見えるが、そんなわけはない。そんなことが可能なら、ブログコミュニケーションコンサルタントだかなんだかを名乗って一儲けするがな。あるいは別のブログ作って名前を売ったりするだろう。知名度があれば得することもあるんじゃないの? 名前売れたことないから知らんけど。
ただまあ、人気のブログを目指す人は逆の発想から観てみるのも役立つかもしれないし、人気がありすぎて困っている人なんかも以下を実践すれば多分大丈夫。

で、まあ方法と書いたけれど、いつも自分がブログやその周辺行動としてどんな感じかをあらためて考えてみた結果である。いつもとはちょっと毛色の違った記事だ。あと最初にミもフタもないことを書くと、このブログもそうかもしれないが、内容が面白くなければゼロから人気は出ない。では前フリ終わり。

・毎日更新しない
自分は好きなブログを必ずRSSに登録しているので、それらのブログがどういう頻度で更新されているか、気にしたことがない。ただまあ、毎日更新すれば記事数も増えるし、なにやら注目されやすいのかもしれない。

・需要の少ないジャンルにする
テーマを設けたブログの場合、需要の少ないジャンルにする。このブログだって「webディレクション」なんてたいして需要のないジャンルだ。

・ネタが旬かどうかとか気にしない
面倒なのであえて避ける必要はないのだけれど、別に旬のネタかどうか気にしなくていいし、キャッチアップする必要もない。たまたま思いついた話がそうだったり、そういうネタを見て思いついたりしたら書けばいい。

・親しみやすい文体にしない
自分は何の工夫もなく自然体で書くとご覧の通りの文体なのだけれど、これではお世辞にも「親しみやすい」という雰囲気ではない。そうなると自然と書いている人も親しみやすくないイメージになり、あまりコメントとかで絡みたい気にもならない。

・ブログを交流ツールにしない
・ネット界隈で知り合いを作らない
・ブログとヒモ付く形でネット上で活動しない
これは3つとも似たような話なのだけれど、自分の場合二つ目は「ネット界隈に知り合いがほぼいない」というだけである。ただ、知り合いが多くてそうした人がその人のブログを知っていると、なんとなくコメントがついたり紹介したりされたりで注目される可能性が高まるんじゃないかと思う。

・賞賛やオススメだけの記事を書かない
・非難だけの記事を書かない
これは表裏一体で、先の3項目とも関係する。プラス評価の記事をかけば書かれた人はそのブログに好印象だろうし、マイナス記事を書けばモメたり「何か批判しまくりな記事やブログが好きな人」が集まって来やすい。とはいえ何かについて書くと気に「中庸」とか「プラマイゼロになるように」とかバランスを取るのも面倒なので、あんまり意識はしてないけど。

・ポジティブなことやネガティブなことを書かない
・極端なことを書かない
夢も希望もない代わり、失意も絶望もないような記事を書く。中立的とか客観的な態度というわけではない。だいたいポジティブな話やネガティブな話というのは解りやすかったり誇張しやすかったりそういう話が好きな人が多かったり読み物として面白くしやすかったりする。一方で、そのどちらでもない記事はだいたいが退屈な結論に至るので、そんなにインパクトもない。ただ、だいたいの物事にはいい面も悪い面もあるし、そうそうどちらの方向であれ劇的なことなんぞありはしないのだから、まあ「フツー」な感じなんじゃなかろうか。そういう意味では物事や自分の考え方を面白く見せようという工夫をしない、とも言い換えられる。

・自分の話をしない
今回の記事はかなり例外的で、いつもこのブログでは自分のことをほとんど話さない。ただ、そうやって私事を書かないと書き手に対するイメージとか親しみが湧きにくいだろうとは思う。
やや脱線するが、そもそも三〇手前の小男の日常がどうしたこうしたなんて興味ないだろう。私だって自分自身か知り合いでもなければそんなものに興味はない。好きで読んでいるブログだって、それを書いている人自身のことはわりと興味ない。RSSに登録しているブログでも、そういう記事はあまり読んでない。その人がどんな人だろうと、それこそ知っている人でもない限り、結果的に書かれているものが面白かったり興味深ければそれで充分だと思っている。

・長文を書く
・解りやすい文章にしない
・前置きとか前提条件を書かない
どちらも「短くわかりやすい文章を書く」という手間を面倒臭がっての結果なのだけれど、短いと読んでくれる人が増えるだろうし、解りやすく短く書くと省略される部分が出てきてそこを指摘したくなる。指摘するとなるとそれに反応したりして、結果的にブログが交流ツールとしての役割を果たすようにもなる。言及量が増えると注目も集めやすくなる。
そういえばよく「前提や前置き」なんかを「予防線」なんて呼ぶけれど、あれはどうなんだろう。自分の場合、これらを書くのは性分でそれを省くと書いていてどうにも気持ち悪いからなんだけど、書かなかったらどうなるかというとたぶんどうにもならない。他もまあだいたいのブログはそんなもん書こうが書くまいがどうもならんと思うんだけど。

・ブログを雑に扱う
ここまで読んだり、普段から読んでくれている人は解ると思うのだけれど、今回の記事で挙げたものでこのブログに当てはまらないものはあると思う。「ブログを交流ツールにしない」とか言いつつ過疎ってるけどコメント欄あるし、書き込んでもらえればレスはするし。
というのもこのブログ内で書いていることに一貫性を持たせようとか、ブレないようにしようという気がないからだ。この記事にもたびたび出てくるけど、面倒だから。ちなみに「少しでも面倒、大変だと思うことは一切やらない」というのはブログを続けるコツの一つだと思う。

ようするに自分のブログにそこまで重きを置いてないというか意識や注意を向けてないというか、ウエイトが低く雑な扱いになっている。とか書くと怒る人もいるかもしれないが、結果的に書かれている内容がある人にとって面白かったり興味深ければ読むわけで、そうである限りはそのブログについて書いてる人自身がどう思ってるかは関係ない。私がいつも更新を楽しみにしているあのブログやあのブログだって、書いている人は更新がいいかげん重荷かもしれない。飽きてるかもしれない。更新が頻繁じゃないのは、更新を忘れるくらいそのブログがその人にとってどうでもいいからかもしれない。でもま、読んでる方としてはそれはどうでもいいじゃないか、と。書かれていることを読みたいから読むわけで、その人の自ブログに対する態度や想いが見たいから読むわけじゃなかろう。


以上。

ちなみに人気のないブログであることにもいい点はある。
・好きなときに好きなことを好きなように好きなだけ書ける
・誰に何の配慮もしなくていい
・何を書いても別にモメない
・読んでくれている人は「本当に読みたいから読んでくれているのであって、知り合いだからとか有名だからとか、そういんじゃないんだなあ」と実感できる

人気があっても注目されててもそうできる人ってのはもちろんいるだろうけど、人気だったり注目だったりするとなかなかそうはいかない、という人も少なくないんじゃないか。ってもまあ、わざわざ意図的に維持するほどのことでもないのだけれど。というか、自分のブログが人気かどうかより、今日買ったベヨネッタが本当にガッカリゲーなのかどうかの方がよっぽど気になる。
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