泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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3年後のWebディレクターを目指し考える時期が来ました。
という記事を読んだ。以下、読んで思ったことをまとまらないながらも書いてみたい。意図もオチもないけれど。

どんな職種でもそうだろうけれど、企業なりその他の法人なりからの収益が主な企業は、どういうクライアントやどういう業界と取引しているかで求められるものや必要なものがずいぶんと違ってくる。特にwebの場合は取引先のジャンルが多岐に渡っているので、その違いが大きいんじゃないだろうか。たとえば、ECサイトの制作を主にしている会社と、医療系サイトの制作を主にしている会社とでは、ずいぶん違うはずだ。まあ、つまり完全にとは言わないまでもニーズが違うから。なので、名村さんが上記記事のようなことを考えたのも、付き合いのある業種や企業規模のクライアントのニーズから導き出されてるのではないかと思う。妥当な見解かは自信ないけど。(実際にどうかは知らないが、実績紹介のページでは不動産関連が多い、のかな?)。あと、名村さんのこれまでの実績や知名度、能力や置かれている状況も関係しているはずだ。
でまあ、だから上記記事で語られていることが自分にもあてはまるのかどうか、今ひとつ分からない。さて、どうなんだろうか。

まず、名村さんの話を大まかにまとめてみる。

・これまでのWebディレクターのあり方では、なかなか自分の賃金には返ってくることは無くなってくるだろう
・今は人間がやっているけど機械的に出来る部分と、「人間がやらなくてはならない部分」は今よりもっともっと分かれてくるだろう
 →その時に、制作会社がクライアントからお金をもらえる部分というのは、今やっているような事ではなくなってくるだろう
・「Webらしいなぁ」というモノが、これから3年間、急激に求められてくるのではないかな?
  ↓
・制作するサイトの目的によって「コストを抑える」「かけたコストを超える見返りが期待できるのであれば、極論で言えば予算はいくらでもだしてもらえる」が違ってくる
 →「存在することに意味のあるサイトを作る方に回るのか、その中身が醸し出すものに意味があるものを作る側に回れるのか」が一つの答えかも
  ↓
 前者でいる限り、製造業としての限界がいつか出てきて、数をこなす事でしか売り上げをあげにくくなってくると思います。
一方で、Web制作に携わっていてWebらしさが分かっている人が、マスメディアではないWebによるWebらしいコンテンツを生み出せる人、もしくはチームや仲間から引き出すことで生み出させることが出来る人、というのが、これから必要になってくるのだと思います。


さて、妥当なまとめになったことを期待しつつ、ようやく本題に入る。自分の立場から、上記の話について考えたこと。

・これまでのWebディレクターのあり方では、なかなか自分の賃金には返ってくることは無くなってくるだろう
・今は人間がやっているけど機械的に出来る部分と、「人間がやらなくてはならない部分」は今よりもっともっと分かれてくるだろう
 →その時に、制作会社がクライアントからお金をもらえる部分というのは、今やっているような事ではなくなってくるだろう

これについては、話の流れがピンと来なかった。自分のまとめ方と理解が悪いのだろうか。
最初の点については、賃金体系に依存する部分が大きいように思う。たとえば年俸制や成果主義の場合、webディレクターの仕事は最終的なサイトにおいて、「企画」以外の部分で目に見えるものがないので、立ち上げの部分を主に担当したディレクターの評価はなかなかされにくいように思う。運用であればディレクターの施策が目的に対してどの程度貢献したかを測りやすいので、たとえば既存のあり方を洗練していくことで評価と賃金の向上は見込める気がする。まあ、上記記事にも書かれているし、このブログや他のブログにも書かれているようにwebディレクターの仕事は千差万別なので、一概には言えないが。

で、2番目については、それだけ抜き出してみれば違和感ないのだけれど、webディレクターの仕事について書かれた流れの中では、やっぱりピンと来ない。
名村さんが実際にどういった仕事をされているのか知らないのだけれど、自分がやっている仕事(というか、自分がwebディレクターの仕事だと思っているもの)って、デザインやテキストライティングと同様に、web制作においては最も機械化しにくい部分なんじゃないかと思っている。タスク管理ぐらいはもうちょっと機械化できたとしても、そのタスクの締め切りを守ってもらったり、オーバーした場合の対処を考えたりするのは、やっぱり超長期的にでも考えないと機械化は無理だろう。クライアントも含めてプロジェクト関係各位をなだめたりすかしたり、利害を調整するのだってそうだ。見積りは機械化できて欲しいが、そこで算出される額を調整する必要があるときは、やはり人の手が必要だろう。そして、そういう仕事でデザイナーやら他の制作スタッフを煩わせるわけにもいかない。営業さんには任せたいけど。

「その時に~なくなってくるだろう」ってのはおそらく製造業全体の課題でもあって、市場がある程度成熟してくると単価が下がるので、いかに魅力的で説得的な高付加価値を生み出していくか?というのが課題として大きくなってくる。WBSなんかで出てくる町工場が独自技術やら新製品開発に励んでいるのも似たような事情だろう。この辺の話が上記記事では次以降の内容になってくる。

・「Webらしいなぁ」というモノが、これから3年間、急激に求められてくるのではないかな?
  ↓
・制作するサイトの目的によって「コストを抑える」「かけたコストを超える見返りが期待できるのであれば、極論で言えば予算はいくらでもだしてもらえる」が違ってくる
 →「存在することに意味のあるサイトを作る方に回るのか、その中身が醸し出すものに意味があるものを作る側に回れるのか」が一つの答えかも

「Webらしいなぁ」の中身が具体的にどういうものか分からなかったし、3年間という数字も根拠があるのか「今後数年」程度の意味なのか分からないが、「求められてくる」かどうかは本当にこれはもう、どういう業界のどういうクライアントと付き合っているか?に拠ると思う。私は少し前まで、BtoBで専門性の高い企業のサイト構築をする機会が比較的多かった。扱っている商材は実験器具とか病院相手の医療系資材とか。
そういう、いわゆる「ビジターが仕事でアクセスする」サイトの場合、たとえばユニクロックみたいな企画ではてなやらYAHOO!ニュースやらで話題になってもしょうがない。無意味ではないけど、クライアントが求め、評価するのはそこじゃない。要はニーズがなかった。ニーズを作れなかったこちらの力不足もあったのだろうけど、それにしてもこうした企業のサイトは情報の整理分類や見せ方、サイトのユーザビリティや基本的な見栄えなど、「Webらしいとか、それ以前の問題」の方が多かったのだ。

コンシューマ向けのサイトにしても、「Webらしさ」が求められるかどうかはクライアント側の(少なくとも担当者の)Webに対する理解が欠かせない。頼む側からすれば、よっぽど「おまかせ」という気でもない限り、感覚的によく分からないものを発注するのは難しい。そこをいかに納得してもらうか?もディレクターの腕の見せ所なんだろうけれど、悲しいかな、私のように凡庸なwebディレクターは、そこまでの工数が投入できない/投入できる工数でそこまで実現できない。担当者が納得してくれたとしても、その上司など決裁権のある人々を担当者が納得させられるかどうかも大きなファクターだ。

・制作するサイトの目的によって「コストを抑える」「かけたコストを超える見返りが期待できるのであれば、極論で言えば予算はいくらでもだしてもらえる」が違ってくる

これもクライアント次第で、「かけたコストを超える見返りが期待できるのであれば、極論で言えば予算はいくらでもだしたいのだが、実際には物理的にそこまで予算を持ってない」というケースも多い。というか、自分が仕事をさせていただいたクライアントの大半は「予算これだけしかないんだけど、やれる範囲でいいからどうにかしてくれないだろうか」という感じだ(「予算はこれだけしかない」「これをやって欲しい」が乖離していて「予算によってできることが変わってくる」ということをなかなか受け入れていただけないクライアントも居た。これにはさすがに泣いた)。コストを抑えるために「予算がないフリ」をするクライアントがいないとは限らない。けれど、クライアント側からすると予算の都合でずいぶん色々なものを諦めざるを得ないケースがままあったので、私が仕事をさせていただいたクライアントは、そいういうわけでもないのだろう。

ああ、もちろん「かけたコストを超える見返りが期待できるのであれば、極論で言えば予算はいくらでもだしてもらえる」というクライアントもいた。

で、自分の話としてはココがキモなんだけれど、
「存在することに意味のあるサイトを作る方に回るのか、その中身が醸し出すものに意味があるものを作る側に回れるのか」が一つの答えかも
ってのは結局、単純な製造業からの脱却ということなんだろうな、と。それが一つの答えかもしれない、と。私の勘違いかもしれないが。

考えてみればこれは新しい問題意識でもなければ、新しい道筋でもなく、昔からある製造業では長らく示されてきたものだ。その意味で、この見解は実にまっとうだろう。こうした問題意識に対するほかの製造業での答えが「独自技術」「高付加価値」であって、web制作であればコンサルなりプランニングなり、プロモーションなりになるのだろう。独自技術でもいいけれど。そういや日本のweb制作会社で「これが作れるのは世界でもウチだけです」って聞いたことないな。まあ、海外の制作会社でも聞いた記憶ないけど。まあ、無理があるよな。

製造から手を引いて、そこに特化する手もあるが、その先には従来のweb関連のコンサル会社やプランニング会社、プロモーション会社との競争が待っている。レッドオーシャンからレッドオーシャンへ、というか。

別の方向性としてコンテンツ調達力を伸ばす、というのも考えられる。まあ、これについてはまた書く。やや長くなると思うので。たぶん。

でまあ、自分が3年後にどういうwebディレクターを目指すかもついでに。興味のある人がいるとも思えないけれど。
簡潔に言ってしまうと、私はまだ名村さんのような課題に直面するほどのステージに至っていない。だからといって放っておいていいことではないのだけれど、それより先に基本的なディレクションスキルをまだまだ磨く必要がある。付加価値とかはそうした基礎がある程度しっかりしてから取り組むべきなんだろうな、と思っている。

自分を取り巻く環境について懸念している点としては、webそのものよりもむしろ景気とか経済環境の方だ。webでの直接収益がそれなりに大きい企業でもない限り、今後経済が大幅に後退すればweb関連の支出は減るだろうから。そして自分のクライアントはwebが直接収益になっていない、ならない企業の方が多い。「景気が悪いときほど売るために広告や販促にお金をかける」という話もあるようだけれど、そんな段階さえ超えてしまうことだってあるかもしれない。経済について詳しいわけでもないので、杞憂なのかどうかも判らない。マンションは今買うのがいいのかどうかも判らない。まあ、買えないけど。

【余談】
こんだけダラダラ書いて、まだ余談もあるのかよ!ということで。ええ。あります。

参照元の名村さんの記事で
日本の企業の中でも、制作コストが低い海外に、制作部分を投げ始めている所がある。
という指摘があって、そういう所があるのは確かだろうけれど、今のままでは限定的な動きに留まるだろうと思った。というのも、まだまだ多くの企業では外国語ができる人は「普通」というほど多くないし、そうした人がweb担当者であるケースはもっと少ない。そうなると人件費や制作費の安い国にweb制作を投げるのは無理がある。仕事上の遣り取りや修正指示、指示ほど明確じゃないにしても「何をどうして欲しい」かを説明できないからだ。そもそも、見も知らぬ海外の制作会社から1社を選んで発注するのは、国内で見も知らぬ制作会社から発注先を選ぶよりも難しい。

というわけでこうした流れが本格化するには、海外の安いweb制作会社と日本企業の間に入るコーディネート的な職種か、それこそ「外注先が海外の安いところ」というのを売りにしたwebディレクションの部署なり企業なりがそれなりの数出てくる必要があるんじゃないか。

ああ、安かろう悪かろうという意味でなくweb制作費が安い国ってどこなんだろう。やっぱり人件費的に東南アジアや南米なんだろうか。いや、南米はもう安くないのか?ベトナムとか?デザインまで発注する場合、そうした国のデザインが日本人ウケするかどうかとかもポイントになるのだろうか。

完全に無根拠けれど、中小企業でweb制作を海外に投げてるところって、現状では中国に営業所や支社があるとか、たまたま日本の社内にに海外から出稼ぎに来た人がいるとか、そういうケースが多い気がする。
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