泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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予告.in」というサイトがあるわけで、このサイトで個人的に一番興味深いのは「予告.if」みたいな出オチの一発ネタじゃなくて、どうやら制作者ちゃんと設立趣旨に従って運用しようとしているところだ。本腰入れてやることになるとは思ってなかったかもしれないけれど。

「予告.in」が利用されているのは「注目を上手く集めた」などの外的要因もさることながら、「集めた情報をどうするか」が明確なところにもあるんじゃないだろうか。前に書いた記事的に考えて。たとえば「ZOZOARIGATO」は書き込んだメッセージが電光掲示板風に表示されるというサービスで表示される日時も指定可能だけれど、一日の書き込みが平均して20件程度。「予告.in」とは知名度も仕組みも違うので単純に比べられないけれど、CNET Japanなんかにも取り上げられた割にどうも少ない印象がある。

CNET Japanの紹介記事」を読む限りでは悪くないアイデアのようにも思うんだけれど、なんというか「感謝の書き込み」を投稿させてどうしたいのかが見えづらいのかもしれない。運営側としては

CSR活動の一環で、サービスの主目的は「人の温かさを呼び覚ます」こと

だそうだけれど、「人の温かさ」という主目的は「呼び覚まされるかもしれないし、そうじゃないかもしれない」という曖昧なところがある。それに、それは運営側が総いているという点を見聞きしないとハッキリとは分からない。

メッセージが掲載されるごとに10円が同社負担で特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパンへ寄付される

とのことなので、大いに書き込みが集まればいいと思うのだけれど、「何を目的に情報を集め」て「実際に情報が集まるとどうなる」という点で、予告.inほど明瞭さがないのが残念だ。

「予告.in」と「ZOZOARIGATO」とを同じ俎上で扱うのは色々と不備もあると思うけれど、何であれ漠然と「集めよう」「共有しよう」みたいに見えるのは、やっぱり少し厳しいんじゃないかなあ、と。
集めるものが何であれ、その目的が明瞭だったらいいんだろうと思う。「面白い話を集めて楽しもうや」「みんな○○な画像(猫の画像とか二次美少女だとか工場の夜景だとか)って好きだろ?持ってるだろ?ここで共有しようぜ」みたいに。それは目的としては「楽しみたい」とか「もっと欲しい」とか枠としては大きいのだけれど、それでもハッキリしてるからいい。「レシピの共有」みたいに、ダイレクトに目的が「有用性」だったりしても「なぜ集めるのか」は伝わりやすい。だって便利じゃん。
「ZOZOARIGATO」がたとえば、「いい話をみんな読みたいでしょ?もっと読みたいでしょ?自分たちも読みたいし。だから投稿して!」みたいな演出だったら、もっと投稿が集まりやすいのかなあ、とか。

まとめとしては関連する前記事と同じで、CGM系のサイトって「誰と誰に」「何を」「どんな目的で」共有させるのか?をちゃんと決めるべきっていうことなんだけど、それに加えてちゃんと決めるだけじゃなく、それがハッキリと伝わるような演出をしないと上手くいかないんじゃないだろうか。などと思った。
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