泥臭いWEBの底から~WEBディレクター覚書~

WEBディレクターというのは何を考えておるのか。その一例。

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(あいも変わらず印象トーク。しかも散漫になってしまった。)

かつてスノウクラッシュに感銘を受けたクチなので、セカンドライフについて最初に知ったときは胸がトキメいたものだ。けれどもその後、日本ではなんとなくパッとしない。日本人ユーザーはなかなか増えないし、すでに失速しつつあるんじゃないかという見方もだんだん増えてる気がする。

たしかに自分もスクリーンショットを見たとたん、「あ、これは日本で流行らなさそう」と感じた。主にグラフィックのせいで。あと、スペックの関係で。
とはいえ、日本人のことだから「才能の無駄遣い」でアイマスみたいな「2Dっぽい3D」のアバターが増える可能性はある。それにPCの標準的なスペックは放っておいても自然と上がるだろう。それで普及しやすくなるだろうか?いまのところ、よく分からない。

一方で、日本の企業はセカンドライフでどうにかしようという動きが増えている。たとえば今日は以下のような記事を読んだ。

テレビは早晩、セカンドライフ等に引っ越すのか?
http://www.socialnetworking.jp/archives/2007/06/post_695.html


要約すると、「テレビをセカンドライフ上で放映すればユーザがチャットしつつ観られるから、テレビ視聴という経験の楽しさが向上し、若者ももっとテレビを観てくれるんじゃないか(と期待するテレビ局が出てきてる)」ということだ。まあ、大昔の「街頭テレビ」をWEBで蘇らせようという感じだろうか。

こういう商業っぽさもユーザを敬遠させている一因かもしれない。ただ、セカンドライフがユーザからしばらく敬遠されている方が、企業としては望ましいかもしれない。

というのも企業が日本人ユーザに対してセカンドライフ上でなにかする場合、現状では
・情報を高い割合にリーチさせやすい
 100万人の50%に認知させるのは難しいが、100人の50%ならそうでもない

・爆発炎上しにくい
 母集団も少なく、比較的ネットリテラシーの高いユーザが多いだろうから、何かやらかしても炎上よりはスルーされるだけで済みそう

・動員対策が立てやすい
そこまで大勢の人が集まらないなら、イベントするとしてもわりと手軽にできそう。武道館でイベントするより、市の公民館でイベントする方が手軽なのと同じ

・ユーザとコミュニケーションが取りやすい
1000人も人が来ると、その一人一人とコミュニケーションを取るのは困難。人数を絞っても、どうしても薄くなる。10人くらいなら一人一人と濃いコミュニケーションが持ちやすい。

というわけで企業側がネットでイベントをする際に懸念しそうな部分が、今のセカンドライフではクリアされているんじゃないだろうか。

なので、現状が続くうちに日本の企業はローリスクであれこれ試してノウハウを積み、セカンドライフかそれに類似したサービスが日本で普及するころにはすっかり洗練されている、という寸法。

セカンドライフが企業にとって「来るべきメタヴァース時代との付き合い方を模索する、優良な実験場」であるなら、先行投資としてそこそこ金を突っ込むのも愚行ではない気がする。どうだろう。無理があるだろうか。
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たびたび書くけれども、自分の今の常駐先はWEB業界の企業ではない。そこで社員の人たちと話していて驚いたのが「WEB制作会社に対する不信感」だ。見積りを取っても何が適正価格か判らないので、「ひょっとしてボられているんじゃないか」という思いが拭えないらしい。また、ちょっとした修正やら「少し勉強すれば自分たちでできるんじゃないか」というレベルの作業でも費用が発生する場合があることにも、不満があるらしい。

とはいえ見積りを見ると別に不当な価格ではないし、月額で運用費を払っているわけでもないのだから、画像パーツを作りかえる際などに費用が発生してもまあ、ありえない話ではないと思う。先方が今後の付き合いを考えてサービスとして無償で対応することはあっても、それが当たり前だと思われたら困るだろう。

だけど、そうした感覚にもうギャップがあるらしい。常駐先がケチ臭いかというとそうでもなく、ちゃんと適正だと思えば費用は払う。問題は、適正かどうかを判断する尺度や基準値のズレだ。感覚的な部分が多いので、これは容易に埋められそうもない。しかし傍で見ていて、このギャップが不幸な流れを生んでいるケースがしばしばあるようだ。

これはほんの一例だけども、気付かないうちにWEB業界の仕事内容は、他の業界から以前[*1]よりもさらにブラックボックス化して見えているんじゃないだろうか。そしてブラックボックスなくせに、最終的なアウトプットと日常的に接しているから、中途半端に疑念の生まれる余地が出てくる。それが不信感を生んでいるのかもしれない。

いやまあ、だからどうというわけではないし(ステキな対案とかポジティブな提言とかない)、なんとなくそうした不信感みたいなものは前の会社でクライアントと接しているときにも漂ってくることがあって、頭では理解していたのだけれど、最近けっこう身近に体感することがあったので書いてみた。

本当にWEB業界の外の人は想像以上にその点で悩んでるっぽいですよ。


  1. 2000年ころか?知らんけど。少なくともCSSが普及したあたりでもう致命的だった印象がある。[↩back]


今の常駐先はWEB業界ではない企業なので、WEBサイトの管理部署とはいえ内製ができない。とういうわけで、いまちょっとしたサイトを作成しているのだけれど

企画&ページ設計:自分
デザイン&画像素材制作:自分
Flash制作:自分
コーディング:自分
ディレクション:自分

という構成になっている。スタッフロール全部自分。いちおうそのサイトの主幹部署の人が意志決定はするのだけれど、こちらのアウトプットに対してコメントをする形。

個人サイトであれば当然のことだけれど、仕事で独りチームなのは久し振りのこと。自分の中で指示が行ったり来たりするだけなのでコミュニケーションロスがなく、非常に効率がよく気持ちいい。追加料金とか費用とか気にしなくていいのも気楽だ。「自分」という枠を越えることはできないけれど、コラボレーションとは違う良さがあって、これはこれで魅力的だと思った。

しかし、こんなことばっかりやっているとディレクション能力が落ちそうで少し不安だ。
とある先輩の教え。

クライアントから意見や要望をうかがっている際に、話が込み入ってきたり、キナ臭い方に向かっている気がしたり、終わりが見えなかったりしたときは『それはつまり○○ってことですね?』と言え。○○の部分は自分に都合のいい内容でいいから。よっぽど見当違いじゃなければ、相手は同意してくれる。


コツは自信たっぷりに言うこととタイミングだそうだ。たとえ相手の同意が得られなくても、会話のイニシアチブを握るチャンスが生まれるという。実際、一緒に客先へ行ったときに見ていると、この先輩は時々この方法を使って、自分ペースで会話を進めることに成功していた。

簡単にまねできる芸当ではないが、いつか自分も話術における戦略を身に付けることができるだろうか。

にしても、この先輩はあまりに話術が達者だったため、一般に話の長さを恐れられていた。
企業配布のブログパーツというのは、突き詰めれば「仕掛けの多いバナー」だ。ちょっとした制作費さえあれば出稿費無料でサイト誘導への橋頭堡が勝手に設けてもらえる。

しかしブログパーツはバナーである以上、露出量と流量を最大化しなければ死。ということは、むしろ出稿費を払ってでも有力ブログへ掲載してもらった方がいいんじゃないだろうか。

なので、GIGAZINEとかアキバBlogとか広告を枠売りしているところは、早いところ「ブログパーツ掲載」を広告の商品メニューに加えればいいと思う。
ブログのタイトルやプロフでWEBディレクターだと確認できた人のフィードはとりあえず購読している。だいたいWEBディレクターのブログなんてものは更新頻度が低いので、読み続けるのは大変じゃない。で、ありがちなことを書き出してみる。

<以下の記述には事実と反する内容が多く含まれている可能性があります>

(1)思い立ったように「WEBディレクターとは」をネタに書く
WEBディレクターは他のWEB系職種と違い、アイデンティティが非常に不安定だ。そのため、定期的に「自分は何者か」を確認せずにはいられない。

(2)自分の業務内容が不安
上記(1)と関連して、思い出したように「WEBディレクターの仕事内容」というネタでエントリを書く。しかし、「自分だけやってない(やってる)業務があったらどうしよう」と不安なので、「抜けや漏れがあるかも」と書き足してしまう。しかし、読んでいるディレクターも「自分だけやってない(やってる)業務が合ったらどうしよう」と思っているので、抜けや漏れ、過剰があっても誰も指摘できない。

(3)あれこれ色々と忘れる
主に「初心」や「○○な気持ち」といったもの。しょっちゅう忘れてしょっちゅう体験を通して思い出し、それをブログに書く。

(4)TIPSは少ない
ディレクターならではの役立つTIPSは少ない。情報の共有を渋っているというより、書いた瞬間に「新橋の飲み屋なんかで語られる一般ビジネス書」みたいな内容になりがちだから。

(5)パワポの話は絶対しない
メーラーの次くらいによく使っているはずだが、絶対にブログで話題にしない。

(6)更新が滞ってもリア充というわけではない
むしろ仕事と呼吸くらいしかしてない場合が多い。

以上。当ブログも例外ではない。


…さすがに10個は思いつかなかった。
livedoor ウェブディレクターの“OJT”を考える
http://blog.livedoor.jp/ld_directors/archives/50695929.html

を読んでOJTについて思い出したことをつらつらと。

前の職場では不況のあおりもあってか新卒採用というものが何年も行われていなかった。基本は中途採用。それも派遣さんからの登用が一般的だった。自分もそうだった。新しく来た派遣さんに研修というものはなく、OJTで仕事を覚えてもらうということになっていた。

その職場でのOJTとは「新兵はとりあえず最前線に送ってみる」という方式だった。それで「一定期間のあいだ死ななかったら合格。引き続き最前線でがんばってもらう」という流れ。

つまり、来た人にはとりあえずそのとき受注した案件を振る。案件の規模の大小を問わず。来て数日後に客先でプレゼンをした人も居た。
ただ、そのままだと無理があるので、いちおう古参の人がペアを組む。古参が最初にすることは「これやって。困ったことや解らないところがあったら相談して」以上終了である。あとは社内の事務手続きを教えるくらいか。
相談が来ればもちろん乗るが、相談が来なければ基本は放置である。デザイナーやコーダーの場合は未経験者が来ることはまずないのであまり問題ないが、未経験者がディレクターとして来たとしてもこの方式は変わらない。

おかげで、サバイブできずに数ヶ月で辞めていくディレクターが少なくない(自分が働いていた間で、最短で2日の人もいた)。特に、社会人としての経験の浅い若者が。残っているのは社会人としての経験をある程度積んだ人が多い。若くて残っている人は異様に打たれ強いとか、軽く狂気を抱えたような人とか、凄い我が強いとか、とにかくクセのある人が多かったと思う。

すごい大変だったけれど、おかげで短期間に色々と学べたと思う。あと、クソ度胸がついた。「あのときのあれに比べたら、こんなん屁でもないわ!」的な。
「WEBディレクターのブログにありがちなこと」というエントリを書こうと思っていたけれど、予定変更。以下のような記事を見つけたから。

livedoor ディレクター Blog、はじめました。
http://blog.livedoor.jp/sasakill/archives/50157367.html


自戒を込めて言うのですが、Webディレクターという仕事の広範さ、曖昧さにかまけて、知識や技術の共有を怠ってきたのは、Webディレクター自身です。
プログラマーさんやデザイナーさんが、会社という枠を超えた情報交換を積極的に行っているにも関わらず、私たちはほとんどなにもやってこなかった。そう思います。



自分としては「高度なWEBディレクション役立ち情報は、一般ビジネス書の内容と見分けがつかない」というふうに考えているのだけれど、こうした動き自体はとても応援したい。

livedoor ディレクター Blog
http://blog.livedoor.jp/ld_directors/


現時点で4エントリ。まだ記事はないけど、カテゴリにある「やりがい」とか「ディレクションノウハウ」なんかが気になる。
Safari for Windowsが発表された。ネットユーザーとしては興味深いし、なかなか面白い展開だ。だが、WEBディレクターとしては以下のようなことを想像して憂鬱になる。

ディレクター「ブラウザでの目視チェックもようやく終わったぞ。なんとかs-inに間に合いそうだ。手伝ってくれた人たちのチェックシートも問題なし、と」
そこで電話が鳴る
ディレクター「はい、○○のDです。あ、お世話になっております」
電話は、ちょうど目視チェックを終えた案件のクライアントからだった。
クライアント「ちょっとご相談なんですが」
ディレクター「はい。なんでしょうか?」
クライアント「サファリってウィンドウズ版もあるんですよね?」
ディレクター「え?ええ、まあ」
クライアント「そっちも目視チェックしてもらえませんか?」
ディレクター「500ページ?全部?これから?ですか?」
クライアント「エエイチオウー」
ディレクター「でも、s-in日は絶対に動かせないって」
クライアント「ええ。予定通りです。じゃ、お願いします失礼します」
ご相談でありつつご相談でないのは明らか。ディレクター涙目。

解説:特に静的なページでは時折、「全ページ複数のブラウザで表示確認を目視で行う」という作業が発生します。もちろんその分の費用はいただきますが、予算の中で一番切りつめられてしまう部分でもあります。

金がないならやらない、というのがスジですが、そこはそれ。大人の事情です。この作業は機械化もできないし、どうあがいてもたいして延べ時間は短縮できません。諦めて手分けしてくれる人を捜しましょう。「やったことにする」という手もありますが、プロとしていかがなものかと。また、万が一それで不具合があった場合は信用問題にもなりかねません。やはり観念して手分けしてくれる人を捜しましょう。
キューカンバーはキュウリのこと。つまり「ペプシ 冷たいキュウリ味」だ。
飲んでみると最初はペプシコーラで、後味がいつもと違う。

とはいえ、キュウリかというと違う気がする。もっと漠然としたウリ科の青臭さだ。なので、キュウリと言えばキュウリだし、スイカと言えばスイカだ。むかし飲んだスイカ水に炭酸を入れたら同じような味だったろう。ストレートに真桑瓜と言われれば、「なるほど、そうかもしれない」と思ったはずだ。

ウリ科であればどうとでも言えたところで、あえて「キュウリ味」と言い切ったところが「売り方の妙」なんだろう。モノは言いようだ。
ちなみに味は、美味くも不味くもない。

プレスリリース:「ペプシアイスキューカンバー」期間限定発売
これまで、わりと硬めの企業サイトを手がけることが多かった。そうしたサイトでは「情報をいかにわかり易く、正確で、見つけやすくするか」が重要だった。なのでワイアフレームを作る際、意識しないでもそういう点からページやサイトの構成を考えるようになっていた。

つい最近、モバイルでエンタメ寄りサービスの紹介を目的とした、PC側ページを提案することになった。モバゲーに対するモバゲーのPCサイトみたいな関係だ。

そこでまあ、モバイル側でどんなコンテンツがあるかを丁寧に見せるようにした。ところが、担当の人の顔が浮かない様子。どうもイメージと違うらしい。つらつらヒアリングしてみて、自分の失敗に気付いた。自分のイメージではカタログだったのだが、先方のイメージはショウケースのようなものだったのだ。ショウケースなので細かい詳細は不要。眼にした通行人が立ち止まって、店内(モバイルサイト)へ足を踏み入れてくれればいい。値段やらラインアップやらは店内で見てもらえばいい。

そこで文字情報をなるべく排して、イメージ(+アルファ)だけを伝えるような構成で再提案したところ、どうやら気に入ってくれたらしい。

というわけで何か重要なことを忘れかけていたなあ、と思うと同時に、「いかに情報を伝えるか」はけっこうノウハウがコモディティ化されてるけど、「情報を伝えなくていい場合にどうするか」っていうのは普遍化されてない(できない)もんだなあ、などと考えた。当たり前といえば当たり前なんだけど、すっかり忘れてた。
あまり知られていないが、WEBディレクター同士の互助を目的とした国際的な秘密結社が存在する。その名を「Fertile Fields of Packet(パケットの沃野)」といい、略称は“2FoP”。構成員は「空っぽの洞窟を埋める者たち」と呼ばれる。

2FoPの構成員はWEBディレクターに限られており、モンテカルロにある“_root forum”というグループを頂点とし、世界中にある数十のフォーラムと呼ばれるグループのいずれかに所属している。ちなみに、日本は東西にひとつずつのフォーラムが存在している。このフォーラムというのは「支部」といったような意味合いであり、ネット上の電子会議室のことではない。

入会には構成員5名以上の推薦と手がけた案件のポートフォリオの提出(まだ公開されているものに限る)が必要で、さらに所属することになるフォーラムのマスターによる面接試験が行われる。
面接試験に通ると、入会の儀式が課される。1ヶ月間のあいだ、完全にネットとの接続を絶って生活するという厳しいものだ。これは「死と再生」を象徴的に体験させることを目的としている。

構成員はお互いにしか解らない方法で、手掛けた案件や業務メール、プライベートな名刺などに様々な方法でサインを残す。詳細は明かせないが「納品直前にCSSファイルへ、部外者に見られても悟られないような形でコメントを入れる」といった手法などがある。ブラウザでページにアクセスしただけで、構成員がディレクションしたサイトだと分からせる手法もある。

構成員が手掛けたサイトを発見した場合、他の構成員はサイトの種類や役割に応じてKPIやUU数、被リンク数やサイト滞在時間などが最大化するよう、あらゆる協力を行うことになっている。もちろん誰がどう協力しているかを確かめる方法はないが、今のところ義務はきちんと果たされている。当然、いちじるしく義務を果たしていないと見なされた構成員には厳しい制裁が加えられる。

ここ数年は「聖体拝領」と呼ばれる行為も行われている。これは2FoPの持つクローズドサイト内にある、とあるページへアクセスすると成立する。何も表示のない真っ白なページなのだが、アクセスしたブラウザへ特殊なCookieが埋め込まれる。これが「聖体」であり、聖体を拝領した構成員は以後、他の聖体拝領者のWEB上における行動をシステムから見ることができるようになる。これはネットにおける「クローズドをオープンに」という考え方と、秘密結社における「強力な仲間意識」との奇妙な混交が生み出した行為だ。


以上の情報は、知り合いのWEBディレクターが会社を辞め、実家へ戻るというときに聞いたことだ。どうも信じられる話ではないけれど、風変わりな話ではあるのでエントリとして書き記すことにした。
handshake


trick7.com blog「The Handshake Company - Worldwide Handshaking
という記事を読んで、自分のブログにも“The Handshake Company”のブログパーツを貼ってみた。

どんなサービスかは上記記事や“The Handshake Company”のサイトを見てもらうとして、使ってみた感じを。

「秘密結社+チューリングテストの中の人+刺身にタンポポ乗せる作業+ストイックなゲーム」

以上。
明日6/7発表のWILLCOM X-Wの広告バナーがうっかりmixiに掲載されてしまったらしい。

WILLCOM NEWS『X-Wの写真がリーク!?』
http://blog.willcomnews.com/?eid=566560


上記サイト記事のコメント欄では「ガッカリ派」と「無難でよかった派」とにおおむね分かれている様子。

たぶんバナーをローテーションさせてるシステムに登録する際、掲載日を間違ったとかいうことなんだろうな。登録した人は変な汗をいっぱい出したことと思う。

と、話としてはそれだけのことなんだけど、「わざとフライング掲載した」という可能性を考えてみたい。なぜならWILLCOM大好きだから。


可能性1:ティーザー広告の限界ギリギリに挑戦している

問題のバナーを見たときの印象は「もっとよく見たい」だった。たしかにバナーに載っている端末画像はちょっとパッとしない。けれども、画質が悪くサイズも小さいので、詳細はハッキリとしない。なので、もっと詳細な写真で良し悪しを見極めたくなったのだ。どれくらいの人が同じように感じたかは判らないけれど、自分の場合は間違いなくX-W発表への興味が増加したと言える。

低解像度+小サイズの端末画像でおまけに短時間だけの掲載で興味を増加させる。これは制限された情報を小出しにすることで興味や期待を掻き立てるという、ティーザー広告の手法そのままじゃないだろうか。ティーザー的でありながら、そのものズバリの実機を見せているのだから、意図的だったらこれはもうティーザー広告のギリギリ限界に挑戦していると言えるんじゃないだろうか。


可能性2:ハプニングを演出している

WEBに限った話ではないだろうけれど、話題になる手っ取り早い方法のひとつに「なにかやらかす」というのがある。ハプニング性やアクシデント性の高いものほど、話題性も高くなる。それを逆手にとって、意図的に「なにかやらかす」ことがある。これは、大昔からある手法だ。
今回のフライング掲載も意図的に「やらかした」と考えてみるとどうか。そこそこ話題づくりに成功したんじゃないだろうか。Engadget JapaneseやNETAFULLでも記事になってたし。

Engadget Japanese『ウィルコムの新スマートフォン画像がリーク?』
http://japanese.engadget.com/2007/06/05/x-w-leaked/


NETAFULL『ウィルコム、新しいスマートフォンの画像がリーク?』
http://netafull.net/w-zero3/020477.html


Engadget JapaneseやNETAFULLで記事になったとして、それがどれくらい一般層にリーチを持っているかは疑問だけれど、まあ初期にX-Wへ飛びつこうという人々やIT系のブログなんかを書いている人に対してはそこそこ届くだろうから、現時点ではそれで充分かもしれない。

とにかく、こうやって話題になれば興味を持つ人も増えるだろうし、明日6/7が発表会であるという認知度も上がるだろう。ごくごく普通にバナーを出稿するよりは、広告効果があったと言えるんじゃないだろうか。

とまあ、妄想なのにやたら腰が引けていますが、無理矢理まとめると「明日の発表が楽しみだよね?ね?」ということで。
ディレクションにおける悪夢とは、個人的にはデザインが通らないことだ。企画を考えて見積りを出してワイアフレームを切るところまではディレクターのがんばりでどうこうという段階なので、まだ悪夢ではない。
コーディングもよっぽどでない限り、普通に表示されていれば問題はない。というか、クライアントはソースが読めない。

システム?SEに聞いてくれ。MLから昨日もシステム業者さんは徹夜だったことがうかがわれたとしても、まあ知らんがな。表示チェックやらリンクチェックやら結合テストなんかはゲーム脳で乗り切ればいい。

しかし、デザインはそうもいかない。究極的にはデザイナーさんに掛かっているが、知らないとはいえない。かといって、自分ではどうしようもない。自分で手直しとかするわけにもいかない。なのに、一番目に付くから一番クライアントも意見を言ってくれる。

もう少し楽しげでって、どういうイメージなんですか?飾り増やすんですか?配色の話ですか?見出しのデザインですか?
1px下げてって言ってたじゃないですか?
塗りが汚いって、手塗りじゃないんですよ?色の組み合わせはこういうのがいいって言ったから、全部変えたんですよ?
なんか違うって、なんすか?

もちろんそれを巧く汲み取ってデザイナーさんとクライアントの間を取り持つのがディレクターなわけで、漠然としたことを言うクライアントに質問をしたら言葉を濁すばっかりだからってメゲない。おまけに度重なる修正でデザイナーさんはどんどん方向性を見失ってだんだんできあがってくるもののクオリティが迷走を始めるし、いやもうホントすまん。

かといってうかつに「つまり、こういうことでしょうか?」とか言おうもんなら「そうそう、そうです」とか言って、でも実はそんなこと思ってもいなくって、上がってきたものを見て「なんか違うんだよね。いやまあ、確かにそう言ったんだけどさ、イメージしてたのとは違うっていうか。うまく説明できてなくて悪いとは思ってるんですよぉ」って、あなた以外は全員あなたではないのですよ?脳でもダイレクトに接続させましょうか?あなたと私で。

でだ。それでも期日があるので手打ちにしてくれるならまだしも、手打ちという言葉が辞書にないクライアントだった場合、これはもう悪夢だ。けれども、まあ滅多にないケースとはいえないんだよな。

Good night,and Have a scary naightmare.
TVCMが好きで、「このCMのこの人はあのCMのあのシーンに出てた」ということにわりと気が付く方だ。たとえば少し古いけど、ブリタのCMで「レストランでドイツ語みたいなの喋ってた外人のオッサン」は高須クリニックのCMで「郷ひろみがヘリで向かった商談先のビルの会議室で、郷ひろみを出迎えた外人のオッサン」と同じ人だ、とか。CMだけじゃなく、重箱のスミを同定するのが楽しい。

これはCMを丹念に観ていればすぐに判る。外見が一緒、というのは何よりも強力に両者の同一性を教えてくれるからだ。
他にも、眼で見てすぐに同定できる物事は多い。絵の画風とか、色遣いとか。小説の作風とか、歌手の声だとか。だからこそ、モノマネなんかもあるわけだし。

WEBサイトでも、たとえばデザインなんかは同じ人が手がけていればある程度はわかる場合もある。逆に、だからこそイメージに合わせた方向性のデザイナーさんを選んで発注するということも可能なわけだ。コーディングについても、場合によっては同じ人のクセみたいなものが判るときがある。「この会社の納品物って、これとこれは同じ人がコーディングしているよね」みたいな。まあ、1回しかそんなケースなかったけど。だってそのソースだけ…いや、いいや。

ひるがえって、WEBディレクターはどうだろう。「この10サイトのうち、2サイトは同じ人がディレクションしてます。どれでしょう?」などと尋ねられて、答えられるだろうか。「この10サイトのうち、2サイトは同じ人がデザイン(orコーディングorライティング)してます。どれでしょう?」という問題よりは、遥かに難しい質問だ。

ディレクターの仕事で、外部から眼に見える部分ってどこだろう。ページ構成、サイト設計、UI設計?あとは導線設計くらいか?
だとしたら「この人が設計したサイトはすぐ判るわ。だって、更新情報を絶対フッタのすぐ上に入れてくるから」とか「この人って必ずサイドバーは右にしかつけないよね」とか「これ絶対あのサイトのディレクターと同じ人だ。だってディスクリプションが回文なんだもん」とか、そんな感じだろうか。うーん。そんな人を見つけてみたいものだ。そして、気付いてニヤニヤしたい。
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